今年1月、谷口昭弘『ディズニー映画音楽徹底分析』という書籍が、スタイルシートから発売されました。副題は、「これ1冊でディズニー映画音楽のすべてがわかる」という刺激的なものになっています。
この記事では、この本の内容紹介、および若干の感想を述べていきたいと思います。ただし、私はディズニー映画にもディズニー映画で使われている音楽にも興味がある人間ではありますが、音楽についてのまともな学に乏しく、楽譜も読めないような人間です。そのため、音楽方面の専門的なことについては語れないことを、あらかじめお断りしておきます。
さて、ディズニー映画と言えば、映画の中で使われている音楽が無視できない重要なものだということは、ディズニー映画のファンの方なら言わずもがなでしょう。それに、ディズニー映画は数々の名曲も生み出してきました。『ピノキオ』の《星に願いを》、『シンデレラ』の《ビビディ・バビディ・ブー》、『アラジン』の《ホール・ニュー・ワールド》など、映画そのものを見たことがない人でも知っているような曲を、ディズニー映画は多数生み出してきました。そのことだけでも、ディズニー映画を語る上で音楽を外せないことの証明になるでしょう。本書は、そんなディズニー映画音楽をメインに据えた書物です。
著者が本書の「おわりに」の部分で述べている次の言葉は、本書の意義を明快に語っています。その部分を赤文字で引用してみます(以下の引用も同様)。
日本語によるディズニー映画音楽の本というのは、これがはじめてなのだそうです。本国アメリカでも、音楽のみを扱った本というのは1冊しかなく、その1冊にしても、言及されたアニメは1970年代までで、メジャーなテーマの割には、あまり取り上げられる機会がなかったことがわかります。(254ページ)
ディズニー映画にとって音楽は重要でありながら、そのディズニー映画音楽について語られた本が希少であることを、著者は指摘しています。それが、本書最大の意義だと思います。
さらに、『白雪姫』や『ピーター・パン』、あるいは『美女と野獣』などの有名な長編アニメだけでなく、『コルドロン』や『オリビアちゃんの大冒険』、そして『ホーム・オン・ザ・レンジ』などのマイナーな長編アニメまでも網羅し、それに加えて「ミッキーマウス・シリーズ」と「シリー・シンフォニー・シリーズ」という、2つの短編アニメのシリーズまで徹底的に分析していることは圧巻です。それだけに、「これ1冊でディズニー映画音楽のすべてがわかる」という副題は、必ずしも大袈裟とは感じませんし、誇大広告でもないと思います。
では、本書の具体的な内容紹介に入っていきたいと思います。まずは、本書の章立てを以下に青文字で紹介し、その後で各章ごとの内容紹介を付していきます。
第1章 短編映画の音楽
第2章 長編「クラシック」アニメの音楽(1)
第3章 クラシック・ディズニー(2)
第4章 ウォルトの意志を引き継いだ時代
第5章 新生ディズニー映画の旗手たち
おわりに
以上が、本書の章立てです。まず第1章では、「ミッキーマウス・シリーズ」と「シリー・シンフォニー・シリーズ」という、2つの短編アニメのシリーズにおける音楽について語られます。この2つの短編シリーズで使われた音楽を分析することによって、ディズニーアニメにおける音楽的な発展を探ろうという試みがなされています。
個人的に感嘆したのが、図表・リスト類。例えば、「『ミッキーマウス』シリーズの映画に引用された既成曲」(13~17ページ)や、「『シリー・シンフォニー』に引用された既成曲とオリジナル・ソング」(31~33ページ)など。前者では、ミッキーマウス・シリーズのアニメ劇中において使われた既成曲が、「南北戦争の歌、愛国歌」、「民謡、子どもの歌など」、「クラシック」、「クリスマス・ソング」、「ポピュラー」、「エキゾチシズム」に分類されてリスト化され、『蒸気船ウィリー』や『ミッキーの夢物語』などのそれぞれの短編映画でどんな曲が使用されているか、一目でわかるようになっています。
そのような詳細なリストを作るには膨大な労力が必要なはずですから、思わず感嘆してしまいました。心から「凄い」と思ったのです。第2章以降でも、詳細な図表・リストが掲げられています。
また、短編アニメを考察対象に取り上げた理由として、著者は第1章の最後に付されたコラムの中で、「ディズニー映画といえば『白雪姫』などのおとぎ話の長編アニメが有名だと思うのですが、ウォルト・ディズニーに言わせれば、『すべてはネズミから始まった』のですから、やっぱりミッキーマウスを忘れてはいけないと思います」(41ページ)と述べていて、その考え方にも私は好感を抱きました。
第2章では、1937年の『白雪姫』から1944年の『三人の騎士』までの長編クラシックス作品が取り上げられています。要するに、第二次世界大戦終結前に公開された作品たちです。短編アニメで発展したディズニー映画音楽が、『白雪姫』『ピノキオ』『ファンタジア』『ダンボ』『バンビ』『ラテン・アメリカの旅』『三人の騎士』といった初期の長編アニメにおいて、どのように活かされ展開したか、その変遷についての考察です。
最後のコラムでは、日本では容易に見ることができない「第二次世界大戦中の短編映画」についても語られています。この時期のディズニー長編作品は、ディズニー映画史上のみならず、映画史上でも重要なものがあり、また一般的にも有名な作品が多いため、分析に多くのページを費やしています。
第3章は、第二次世界大戦が終結した後の、『メイク・マイン・ミュージック』(1946年)から始まり、生前のウォルト・ディズニーが最後に制作に関わった『ジャングル・ブック』(1967年)までの長編クラシックス作品についての考察です。
コラムで、『南部の唄』と『メリー・ポピンズ』という、2つの実写+アニメの作品について触れています。この章では、「作曲家紹介」という項が設けられ、第3章で扱った映画音楽の作曲家たち(例えばシャーマン兄弟など)が詳しく紹介されています。
第4章は、ウォルト死後の『おしゃれキャット』(1970年)から、『オリバー:ニューヨーク子猫物語』(1988年)までの長編作品が扱われています。一般に、この時期のディズニー映画はマイナーなものが多く、作品としても低い評価を与える人が少なくありません(私の個人的な意見を言ってしまえば、この時期の作品も面白いと思います)。
著者によると、この時期のディズニー映画音楽について調べるのも一苦労だったようです。著者は、この時期の映画で使用された音楽について再評価し、この時期なりに新たな試みがあったことも指摘しています。たとえば、アップビートな曲が増えてきて、使用される音楽の幅が広がってきたことなどの指摘があります。
コラムでは、「80・90年代のアメリカの長編アニメの音楽」と題して、ディズニー社以外のアニメ作品でどのような音楽が使われていたのか、参考として記しています。また、この章にも「作曲家紹介」の項が設けられています。
第5章は、ディズニー映画が完全に息を吹き返した『リトル・マーメイド』(1989年)から、『ホーム・オン・ザ・レンジ』(2004年)に至る、比較的近年の作品群が扱われています。コラムでは、『ファンタジア2000』にも触れています。
この章の特徴として、「新生ディズニー」を象徴する音楽を生み出した、ハワード・アシュマンとアラン・メンケンのコンビについて特筆されていることが挙げられるでしょう。「メンケンは自らの才能を活かし、ディズニー全盛時代に、自分の才能を使いきったのではないかと思えるほどの貢献をした」(251ページ)との指摘がなされています。この最後の章まで読むことで、モノクロ時代から最近に至るまでのディズニー映画における、音楽の変遷が概観できるわけです。
本書の内容を簡単に紹介すると、だいたい上記の通りになります。すべての長編クラシックス作品(『トード氏』など、日本でDVD化されていない作品も含む)を考察対象に据え、それだけでも十分過ぎるぐらいなのに、短編アニメまで取り上げていることは、繰り返しになってしまいますが、圧巻です。タイトル通り、ディズニー映画音楽を「徹底分析」していて、「これ1冊でディズニー映画音楽のすべてがわかる」という副題も決して嘘ではありません。
こんな本は、確かに今までなかったと思います。ディズニー映画、およびそこで使われている音楽に興味がある人なら、読んで損はありません。本書のカバーに、「音楽に視点をおいてディズニー映画を見てみると、ディズニー映画の楽しさが広がります」と記されていますが、まさにそのような気持ちを実感させてくれる内容に仕上がっているのです。
著者の谷口昭弘氏氏は、新潟大学・東京学芸大学院を経て、米国フロリダ州立大学院で博士号を取得した研究者で、専門はアメリカのクラシック音楽だそうです。そして、著者が研究者であるがゆえに、本書は膨大な文献や映像資料あるいはウェブサイトを駆使して叙述されています。記述の根拠となった資料は脚注に明示され、本書の内容に厚みと説得性を付していることが特徴の1つです。
また、ある映画の中で使われている曲について論じているとき、その曲が映画のどの場面で出てくるのか、興味を持った人が確認しやすいように、DVDのチャプター番号を記してくれています。例えば、220ページで、映画『ヘラクレス』で使われた《ゼロ・トゥ・ヒーロー》という曲に触れていますが、その曲が『ヘラクレス』のDVDのチャプター17に出てくるということを記しているのです。これも大変便利で、親切な配慮です。本書を読んで、「へ~、なるほど、あの曲にはそんな意味があったのかぁ」なんて感想を抱いたときに、すぐにDVDで確認することも可能なように配慮されているわけです。
以上のように、本書はとても興味深く、詳しい良書だと思います。しかし、これは書評なので、あえて欠点も最後に述べておきたいと思います。本書の最大の欠点として、誤植・誤字などの多さが挙げられると思います。
例えば、「グーフィー」が「グーフォー」と記されているページがあったり、アニメーターの「オーリー・ジョンストン」が「オーリー・ジョンソン」になっていたり、『眠れる森の美女』が『眠りの森の美女』と記されているページがあったり、白雪姫について語られている文脈でいきなり無関係のシンデレラが出てきたり、そのような誤植は枚挙に暇がありません(ちなみに、シリー・シンフォニーの一作である『風車小屋のシンフォニー』が、本書では一貫して『水車小屋のシンフォニー』と記されています。現在発売されているDVDでは、すべて『風車小屋のシンフォニー』と邦訳されていて、私は『水車小屋のシンフォニー』と邦訳されている例を知らないので違和感を感じたのですが、これは私が知らないだけかもしれないので、にわかに間違った記述とは断定できません)。
また、これは欠点と言えるほどのことかはわからないのですが、どちらかと言うと、ディズニー映画に元々詳しい人の方が本書を楽しみやすいのではないかという印象を受けました。映画のストーリーやキャラクターを知っていることが前提で、場面場面において流れる音楽について考察するような記述が多いからです。映画を見たことがある人は少ないであろうマイナーな作品についても、ストーリーやキャラクターの説明なく音楽について詳しく語っていたりするため、余計にそう感じるのかもしれません。数多い誤植を誤植と判断するためにも、ディズニー映画についてのある程度の知識が必要ですし。
しかし、どんな本にも欠点はありますし、本書は欠点を補って余りあるほど豊かな内容を備えていて、意義深い書物だと断言できます。繰り返しになりますが、ディズニー映画やディズニー映画で使用された音楽に興味がある人なら、必ず一読の価値があります。本書は著者自身も楽しみながら執筆した様子が窺えて、好感も持ちました。
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