ディズニーランドの「日本人の余暇行動」への挑戦
中藤保則氏による「遊園地の起源と日本人の余暇行動」という論文が、1994年発行の『信州短大研究紀要』第6巻第1号に掲載されていて、コチラのページからPDFで閲覧できます。国立情報学研究所のCiNii論文情報ナビゲータを経たリンクです。クリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。
その論文で、ディズニーランドがテーマパークの嚆矢だと指摘されつつ、「テーマパーク」が次のように定義付けされています。
ひとつ、あるいは複数のテーマを掲げ、そのテーマに沿って、空間、もしくはその空間を構成するものを徹底的に造り上げた娯楽施設
東京ディズニーランドが1983年に開園した際、酒の持ち込み・販売、弁当の持ち込みを禁止したことがだいぶ話題になったと言います。これについて上記論文は、「テーマに沿った徹底的な演出というテーマパークの基本概念からすれば当然のこと」と述べつつも、一方で「日本人の余暇行動に対する挑戦の意味もあった」と指摘しています。上記論文の著者・中藤氏はその「日本人の余暇行動」について、詳しく分析しています。
中藤氏は、日本の遊園地(テーマパークではない)の起源を浅草の花屋敷とした上で、その創始者が植木屋であるという点を特筆します。花屋敷は日本人の「物見遊山」の対象となっていきますが、花屋敷ができる前の「物見遊山」の主たる対象が花見だったそうです。
花屋敷の創始者が植木屋で、その当時の日本で園芸文化が盛んだったということが、花見を好む「物見遊山」とも関連して、その後の日本の遊園地の発展にも影響を与えたそうです。人工的な施設であるはずの遊園地が、自然に寄り添う形で発展していったとのこと。花見の名所が遊園地になった例もあるとのこと。
そして、花見に弁当はつきもの。中藤氏によれば、「花見に限らず日本人の余暇行動の多くに弁当はつきものであり、しかも、弁当をつくること、どんな弁当にするか考えること自体が楽しみであり、余暇行動の導入部ともなってい」て、しかも「日本ほど弁当の種類が豊富な国は他に例を見ない」のだそうです。
それゆえ、中藤氏は弁当持ち込みを禁止した東京ディズニーランドについて、日本人の余暇行動への挑戦と捉えたわけです。しかし、その挑戦は多くの日本人に受容されたようで、東京ディズニーランドは今年25周年です。
中藤氏の論文「遊園地の起源と日本人の余暇行動」の内容をもっと詳しく知りたい方は、コチラをクリックしてください。国立情報学研究所のCiNii論文情報ナビゲータが提供しているPDFが開きます。
もしよろしければ、下記をクリックしてください。
人気blogランキングへ
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
