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2008年9月27日 (土)

ミッキー・ミニーとチップ&デール

今年はミッキーマウスとミニーマウスがデビュー80周年、そしてチップとデールがデビュー65周年。ディズニーの短編アニメーション映画でデビューしたネズミのキャラクターとリスのキャラクターが、ともに節目の年です。

そこで、今回はミッキーマウスおよびミニーマウスと、チップ&デールが共演している短編映画(一部、中編を含む)をピックアップして、ミッキー・ミニーとチップ&デールが、映画の中でどのように絡んでいるか見てみます。

ミッキーとミニーのデビュー作は広く知られているように、1928年の『蒸気船ウィリー』。対するチップ&デールのデビューは15年遅れて、1943年の『プルートの二等兵』です。したがって、ミッキー・ミニーのカップルと、チップとデールのコンビが共演しているとすれば、1943年以降の作品ということになります。

そして、ミッキーおよびミニーと、チップ&デールが出演している映画は、恐らく以下の作品しかないと思われます。下記のうち、赤文字で記した作品にはミッキーとミニーが2人とも出演しているものの、青文字で記した『リスの山小屋合戦』にはミニーは出ていません。

・『リスの山小屋合戦』(1946年)
・『ドナルドはデイジーにくびったけ』(1950年)
・『プルートのクリスマスツリー』(1952年)
・『ミッキーのクリスマスキャロル』(1983年)

劇場公開された作品のうち、ミッキーあるいはミニーと、チップ&デールが共演している映画は上記のわずかな数しかありません。しかも、『ドナルドはデイジーにくびったけ』はミッキーとミニーはほんの一瞬だけ出てくるだけなので、チップ&デールとの直接的絡みはありません。また、『ミッキーのクリスマスキャロル』でも、ミッキー・ミニーと、チップ&デールは同じ場面には出てこないので、これまた直接的な絡みはありません。

『リスの山小屋合戦』には、ミニーは出演していません。ミッキーとプルートが山小屋にやってきたため、平穏な生活を邪魔されそうになったチップとデールが色々と奮闘して、ミッキーとプルートを山小屋から追い出す話です。

『リスの山小屋合戦』では、ミッキーが暖炉に火をつけようとするのをチップ&デールが妨害するなど、ミッキー&プルートとチップ&デールのやり取りがありますが、実は話の最初から最後まで、ミッキーはチップ&デールの存在に一切気付きません。プルートはリスたちの存在に気付いて、ミッキーが出かけている間にリスたちと追いかけっこを展開する場面があるのですが、ミッキーは最後までリスたちの存在に気付きません。結局、ミッキーはわけがわからないまま、山小屋を出て行くことになります。

『プルートのクリスマスツリー』では、ミッキーとプルートがクリスマスツリーにするために伐った木にチップ&デールが住んでいたため、またまた一騒動起こります。プルートは早々にリスたちがいることに気付きますが、ミッキーは最初は気付きません。そして、物語の最後になって、ミッキーはようやくツリーの枝にチップ&デールがいることに気付くのです。しかし、ミッキーは2匹のリスを”チップ&デール”として認識するわけではなく、あくまで「リス」として認識します。そうだとしても、ミッキーとチップ&デールが、映画の中でようやく本格的に出会った瞬間です。

『プルートのクリスマスツリー』の最後の最後には、ミニーも登場しますが、チップ&デールとの絡みはありません。結局、映画の中では、ミニーとチップ&デールは、ほとんど直接的に絡んだことがないと言えます。

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2008年9月18日 (木)

一歴史学者の歩み

だいぶ前に読んだ、家永三郎『一歴史学者の歩み』(岩波現代文庫、2003年)の紹介。家永三郎氏は2002年に89歳で亡くなった歴史家ですが、一般的には教科書裁判で名前が知られている方ですね。その家永氏の自伝です。

岩波現代文庫版『一歴史学者の歩み』は、『一歴史学者の歩み 新版』(三省堂、1977年)を部分的に修正した、『家永三郎集』第16巻(岩波書店、1999年)所収の文章を底本にしたものだそうです。未発表原稿「私と天皇制・天皇」を付篇として収録し、さらに鹿野政直氏の解説が付いています。

家永三郎氏の生涯と、教科書裁判に至るまでの経緯が詳しく記されていて、興味深く読むことができました。また単に面白いだけではなく、家永氏自身が「あとがき」で述べるように、「考えようによっては、私の貧しい体験も、それはそれなりにやはり一つの歴史的事実であるし、私が生きてきた半世紀の歴史を知ろうとする方々に、何ほどかの資料を提供することにならないともかぎらない」という面での価値もあると思います。

ところで、家永氏は戦後まもなくの頃、天皇制や明治憲法を賛美するような文章を公にしていたにもかかわらず、後には天皇の戦争責任を論じるような著作を書いたりしているため、「変節」の謗りを受けることもしばしばあるようです。

鹿野政直氏の解説によれば、付篇として収録された「私と天皇制・天皇」は、「変節」との誹謗に反撃するため、自身の天皇観の変遷をきちんと書いておきたいという目的から書かれたらしいです。その観点で読んでいくと、確かに言い訳がましく見える部分もあります。

しかし、いずれにしても家永三郎氏は戦後を代表する歴史家の1人です。鹿野政直氏の言葉を借りれば、「二十世紀の日本の歴史学界で家永は、傑出した思想史家として、また日本史の全領域にわたる視野をもつ歴史家として不抜の位置を占めている」人物です。

それだけではなく、教科書裁判でも有名な家永三郎氏の自伝とあって、その内容は非常に面白く、貴重な証言も含まれています。そのため、大変興味深く読むことができました。個人的には教科書裁判の話もさることながら、筑波大学創立をめぐる話も面白かったです。

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2008年9月 7日 (日)

ガストンはなぜ人気者なのだろうか

ディズニー映画『美女と野獣』の悪役と言えば、ガストン。ベルに求婚しますが、しかしベルはガストンのことが大嫌いで、野獣を好きになります。そのため、ガストンは野獣を殺そうと画策しますが、いざこざの末に逆に高いところから転落して死んでしまいます(死んだんですよね?)。

しかし、私がどうしても解せないのは、ガストンがベルを除く町の人々に人気があるということ。どう見ても馬鹿で、ひたすら力自慢なだけの彼。何がそんなに素敵なのでしょうか。ベルやガストンが住んでいる町では、ベルが変わり者扱いでガストンが人気者。私から見れば、どう考えても逆であって然るべきです。

それにしてもガストンは、足が猛烈に臭く、卵を毎日60個も食べ、「強いぞガストン」と自ら歌う人です。どう考えてもガストンこそ変わり者だと思うのですが、彼は町のヒーローです。彼が野獣の城に乗り込むことを宣言すると、町の人々は反対することもなく彼に従うのです。

町の人々は、何故あんなにガストンのことが好きだったのでしょうか。私にとって、『美女と野獣』という映画の最大の謎です。もしかしたら、『美女と野獣』の舞台となった時代状況や、フランスのお国柄まで考慮すれば理解できるのかもしれませんが…。

しかし、私にとってはなぜ町の人気者になっているのか不思議なガストンですが、見ていて非常に面白いキャラクターであることは確かです。卵を毎日60個食べるだけでも、相当に面白い個性の持ち主です。だから、私はガストンのことがキャラクターとして大好きです。

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