明治維新と福岡孝弟
雑誌『土佐史談』第118号(1967年11月)に、平尾道雄氏の「明治維新と福岡孝弟‐小御所の会議と五箇条の誓文について‐」という短い文章が掲載されています。その文章の冒頭で、平尾氏は次のように述べています。
明治の政界で、代表的な土佐人を挙げるならば板垣退助と後藤象二郎、それに日本主義を唱えて政府の欧化政策にまっこうから反対した谷干城を見落とすことはあるまい。ところで、これに劣らぬ実力者福岡孝弟を見送っている人が案外多いのではあるまいか。
福岡孝弟は「福岡孝悌」とも表記される人物で、幕末期の史料には通称の福岡藤次の名前で出てくる人物です。確かに平尾氏が言うように、福岡の名前は世間一般にはあまり知られていないと私も思います。しかし、例えば幕末期においても福岡孝弟は後藤象二郎や坂本龍馬と一緒に大政奉還の実現に向けて活躍した人物なので、軽視することはできません。
また、平尾氏は福岡孝弟について、「明治維新と福岡孝弟‐小御所の会議と五箇条の誓文について‐」の中で以下のようにも言っています。
各種の建議書を見て、その思想や学問がはるかに後藤、板垣以上のものがあったらしいと感じていた
私は幕末の土佐藩、特に慶応3年の大政奉還運動に興味を持っておりますので、福岡孝弟の存在は気にしておきたいところです。ちなみに、平尾道雄氏の「明治維新と福岡孝弟‐小御所の会議と五箇条の誓文について‐」(『土佐史談』118号)は、平尾氏自身の考察よりも、福岡孝弟の回顧録を紹介する部分の比重が大きいです。
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パルティがスキャンするの?
投稿: BlogPetの内蔵太 | 2007年12月 9日 (日) 10時16分