スティッチにとってのリロの存在
スティッチは、間違いなく可愛いと私は感じています。しかしながら、私がそう思うのは『リロ&スティッチ』という映画を見たからこそであって、映画を見なければ、ここまでスティッチを可愛いと思うことはなかったかもしれません。私の個人的意見に過ぎませんので異論もありえるでしょうが、映画『リロ&スティッチ』を見なければ、スティッチの真の魅力・可愛さは決して理解できないと私は思うのです。
それぐらい、『リロ&スティッチ』という映画は、スティッチの印象を一変させてくれる映画です。「映画を見る前は、往年の可愛らしいディズニーキャラクターとは似ても似つかぬスティッチの外見を嫌悪していたけれど、映画を見たら、外見だけでスティッチを判断していた自分を恥じた。映画を見てから、スティッチが愛しくてたまらない存在になった」と言う人まで、現実に存在するのです。
しかし最近は、映画を見ていないのにスティッチを「可愛い」と感じる人が意外に多いらしく、それはそれで悪いことではないと思うのですが、そのような方々には、ぜひ映画も見てもらいたいと常々思っております。映画を見れば、スティッチのさらなる可愛さに気付いてもらえると思うからです。
さて、我々を「可愛いなぁ(ニヤニヤ)」と思わせてくれるスティッチの、愛らしい笑顔の源泉はどこにあるでしょうか。「あるもの」が失われると、スティッチの笑顔も失われるはずです。
それは恐らく、いや間違いなく、リロの存在だと思います。リロと出会うことがなければ、スティッチは愛らしい笑顔を手に入れることはなかったでしょう。ただのモンスターのままだったはずです。
スティッチは、たまたま地球に来て、たまたまハワイに降り立ちました。そこにはたまたまリロという少女がいて、スティッチはたまたまリロの家に厄介になることになりました。偶然の重なりばかりですが、この偶然の積み重ねが、やがてスティッチを変貌させたのです。リロと出会い、そしてオハナになれたスティッチは、きっと幸せを感じていることでしょう。
そのスティッチの幸せからくる笑顔が、スティッチ好きの人々の心を捉えて離しません。しかし、その笑顔は、リロがいるからこそ出てくるもの。もしもリロがいなくなってしまったら、スティッチは幸せを失い、愛らしい笑顔も失ってしまうことでしょう。
TVシリーズの『リロ&スティッチ ザ・シリーズ』で、フラの発表会に向けて忙しいリロにかまってもらえず疎外感を感じたスティッチが、スティッチの能力に着目したサーカス団に、「俺たちと一緒にやっていかないか」と勧誘される話があります。そのサーカス団は気のいい人たちばかりで、スティッチもまんざらではない気持ちになりました。リロにかまってもらえない寂しさから、サーカス団こそ自分のいるべき場所ではないかと、スティッチは考えたのです。しかし、スティッチはどうしてもリロのことを吹っ切れませんでした。
リロはリロで、忙しくてスティッチにかまってあげられなかっただけで、スティッチのことを大切なオハナだと思っている気持ちにウソはありません。だから、スティッチがいなくなったらリロも当然寂しいです。同時に、スティッチに疎外感を感じさせてしまった自分についても反省します。
そんなリロの気持ちを知ったスティッチは、サーカス団には付いていかずに、リロの元に帰ってきます。たとえお互いの気持ちにすれ違いが起きて喧嘩するようなことがあっても、スティッチにとって自分がいるべき場所はやっぱりリロの近くで、何があってもリロは大切なオハナだからです。
スティッチは人気がありますが、リロはどうなのでしょうか。少なくともグッズの数からしてリロは少ないので、スティッチに比べれば人気がないのでしょう。しかし、『リロ&スティッチ』はタイトルからもわかるようにスティッチだけではなくて、リロとスティッチの物語ですし、スティッチにとってリロがどんなに重要かは、ここで述べた通りです。リロも大事にしてあげたいです。
最近は、グッズなどにおいてエンジェルの存在が目立っているような気がします。同じ女性キャラクターということもあって、リロはエンジェルに押されてますます影の薄い存在のような扱いを受けているような印象すらあります。私の思い過ごしであれば良いのですが。リロは重要な存在なのだと、私は声を大にして言いたいわけです。
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