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2007年6月30日 (土)

新選組隊士 武田観柳斎について

東京都町田市の小島資料館に事務局を置く「三十一人会」は、会誌『幕末史研究』を年に1回発行しています。「三十一人会」というのは、新選組研究者が31人集まって会を発足させたことに由来するそうで、当時の会誌は『新選組研究』でした。現在は活動の幅を広げて、幕末史研究サークルという位置付けで活躍しているそうです。現在の会誌『幕末史研究』は、一般書店でも購入できます。

その『幕末史研究』の最新号(第42号)が今年のはじめに刊行されていたのですが、私は最近まで未チェックでした。つい最近ようやく確認して、その内容に興味深いものを感じたので、ここで取り上げてみます。ちなみに、『幕末史研究』第42号は「慶応四年特集」と銘打たれています。

『幕末史研究』第42号の目次を見ると、まず最初に掲載されていたのが、藤田英昭「新選組隊士 武田観柳斎について‐川村恵十郎宛書翰の紹介をかねて‐」という論文です。私は、藤田英昭氏の武田観柳斎に関する論文が掲載されていたことにびっくりしました。

新選組ファンの間では藤田英昭氏の名前は有名ではないかもしれませんが、中央大学大学院博士課程・徳川林政史研究所研究生という肩書きを持つ、幕末維新史研究者です。特に、「慶応元年前後における徳川玄同の政治的位置」(『日本歴史』658、2003年)という論文で有名な若手研究者です。

その藤田氏は、昨年刊行された松尾正人編『近代日本の形成と地域社会』(岩田書院)という本に、「八王子出身の幕末志士川村恵十郎についての一考察」という論文を発表していました。その論文で藤田氏は、国立国会図書館憲政資料室に所蔵されている「川村正平文書」(川村恵十郎に関連する史料)を発見したと述べていました(詳しくは、過去記事「新選組にも関連のある、多摩地域・多摩出身者の近代史」をご覧ください)。

その「川村正平文書」の中に、川村に宛てた武田観柳斎の書簡が含まれていて、それがきっかけで今回の『幕末史研究』への論文発表に至ったらしいです。もちろん、藤田氏が見つけた武田観柳斎の書簡は、初めて紹介されるものです。

藤田氏は論文「新選組隊士 武田観柳斎について」の中で、新発見の武田観柳斎書簡を紹介しつつ、一次史料に見える観柳斎の軌跡をたどっていきます。それと同時に、西村兼文の著作や永倉新八の回想録に描かれた観柳斎のイメージを無批判に受け入れることを慎み、一次史料を重視する必要性を強調しています。

藤田氏の論文に興味のある方は、『幕末史研究』第42号をお読みください。今回の武田観柳斎についての藤田氏の論文は、あくまで川村恵十郎の史料を検討する中での副産物と言うべきものかもしれません。しかし、アカデミズムの立場で今後も新選組を論じてくれる可能性のある若手研究者として、私は藤田氏の今後の研究に大いに期待しています。

『幕末史研究』42号にはほかにも、あさくらゆう「『ふところ手帳』と『公文書』―林家家臣・伊能矢柄を例として」、小島政孝「佐藤彦五郎の書簡 元治元年六月十九日」など、興味深い論考が掲載されています。

<関連記事>
「新選組にも関連のある、多摩地域・多摩出身者の近代史」
「『史学雑誌』回顧と展望 2006年の歴史学界」

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2007年6月29日 (金)

ウルトラ兄弟の人数

「ウルトラ兄弟」という言葉が、ウルトラマンシリーズの劇中で初めて使われたのは、『帰ってきたウルトラマン』の最終回です。『帰ってきたウルトラマン』の最終回において、敵のバット星人の口から、ゾフィー、ウルトラマン、ウルトラセブン、帰ってきたウルトラマンの4人が「ウルトラ兄弟」だと語られました。

その後、『ウルトラマンA(エース)』の第1話で、上記の4人に加えてウルトラマンエースが登場し、「ウルトラ5兄弟」と呼ばれるようになります。

続く『ウルトラマンT(タロウ)』では、さらにウルトラマンタロウが加わって、「ウルトラ6兄弟」が確立されます。「ウルトラ6兄弟の歌」というものが作られているぐらいなので、「ウルトラ兄弟」という言葉を聞いて、ゾフィーからタロウまでの6兄弟を思い浮かべる人も多いでしょう。そのためか、昨年に公開された映画『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』でも、タロウまでの6兄弟が登場しました。

しかし、続く『ウルトラマンL(レオ)』で、ウルトラマンレオと弟のアストラが、ウルトラマンキングからウルトラ兄弟の一員に加わることの許可が出ていることは、特撮ファンでも意外に見逃している場合が多いようです。レオに変身するおおとりゲンが、「お~い、アストラ~、俺たちはウルトラ兄弟になったんだぞ~」と喜ぶ姿は印象深いです。ということで、レオとアストラもウルトラ兄弟の一員です。

そして、『ウルトラマンL(レオ)』最終回から5年後の『ウルトラマン80』では、ウルトラ兄弟候補生としてウルトラマン80が地球にやってきます(ただし、劇中では「ウルトラ兄弟候補生」と明確に語られるシーンはありません)。『ウルトラマン80』の劇中では、80が最終的にウルトラ兄弟の一員になれたのかどうか描写されていませんが、『ウルトラマンメビウス』において、80もウルトラ兄弟の一員である描写がなされました。ここまでで、ウルトラ兄弟は9人です。「ウルトラ兄弟」と言えばタロウまでの6兄弟というイメージが強い人には、若干の違和感があるかもしれませんね。

しかし、タロウまでの6兄弟だけをウルトラ兄弟だと思っていて、レオや80をウルトラ兄弟だとは思っていない人がいることにも、それなりの理由があります。「ウルトラ6兄弟の歌」があるように、タロウまでの「ウルトラ6兄弟」というイメージが強烈であることが、まずは挙げられるでしょう。

ほかに、テレビシリーズとはパラレルな世界観で描かれた映画『ウルトラマンZOFFY』(1983年)や『ウルトラマン物語』(1984年)などで、レオと80は「ウルトラ兄弟以外の戦士」として紹介されていることも、要因の1つでしょう。『ウルトラマンZOFFY』ではゾフィーが、『ウルトラマン物語』ではウルトラの父が、レオや80を「ウルトラ兄弟以外の戦士」と呼んでいます。しかし、これらはテレビシリーズとは異なる世界観で描かれた作品なので、除外して考えるべきでしょう。

テレビシリーズを見る限り、レオとアストラは正式にウルトラ兄弟入りを認められていますし、80も『ウルトラマンメビウス』において、兄弟入りしていることが確認されました。そして、ウルトラ兄弟の意志を継ぐべく地球にやってきたメビウスも、ウルトラ兄弟の仲間入りをしています。現在は、これらのテレビシリーズに準拠して「ウルトラ兄弟」が考えられています。

こうしてみると、ウルトラ兄弟は、ゾフィー、ウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンジャック(帰ってきたウルトラマン)、ウルトラマンエース、ウルトラマンタロウ、ウルトラマンレオ、アストラ、ウルトラマン80、ウルトラマンメビウスの10人と考えるのが妥当なところのようです。『ウルトラマンメビウス超全集』などでも、そう書かれています。レオとアストラ以外の兄弟はM78星雲光の国(ウルトラの星)出身であるのに対し、レオとアストラだけが獅子座L77星の出身です。

『ウルトラマン80』で初登場し、『ウルトラマンメビウス』第1話にもチラッと登場した、ウルトラの星の王女ユリアンや、『ウルトラマンメビウス』で活躍したウルトラマンヒカリは、厳密にはウルトラ兄弟の一員ではないと考えた方が良さそうです。

また、『ウルトラマンメビウス』の世界観とは異なる世界観で活躍した、M78星雲光の国出身のウルトラマンたちがいます。ウルトラマングレートやウルトラマンパワード、ウルトラマンネオスやウルトラセブン21などです。彼らも、ウルトラ兄弟として考えるのは妥当ではなさそうです。

メディアなどでは、ウルトラマンをすべて「ウルトラ兄弟」として紹介する場合がありますが、それは間違っていると言わざるを得ません。『ウルトラマンティガ、ウルトラマンダイナ&ウルトラマンガイア 超時空の大決戦』の公開時、テレビのニュースで「ダンゴ3兄弟」に因んで「ウルトラ3兄弟」として紹介していましたが、あまりに不正確です。

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2007年6月28日 (木)

『ビアンカの大冒険』30周年・『ヘラクレス』10周年

6/22に「ロジャー・ラビットのデビュー日を祝す」という記事を書きました。その日が、映画『ロジャー・ラビット』の公開日だったからです。ところが、同じ6/22は『ビアンカの大冒険』の公開日でもあったことを完全に忘れておりました。これは不覚です。

いや、別に忘れていても誰かに怒られるとか、そういうわけではないのですが、『ビアンカの大冒険』が公開されたのは1977年。つまり、2007年の今年は30周年にあたるわけです。あえて言うまでもなく、記念すべき年です。それなのに、ロジャー・ラビットのデビュー日だけ祝して、ビアンカとバーナードの30周年を祝ってあげないのはいささか不公平ではないかと思った次第です。ビアンカもバーナードも好きですからね。

ちょっと調べてみたところ、『ヘラクレス』は1997年の6/27公開。こちらも昨日で10周年を迎えたということになります。すべてのディズニー長編映画の公開日を覚えるのは容易ではなく、実際忘れているもの(普段気にしていないもの)がほとんどなのですが、「○○周年」という記念すべき年ぐらい、ちょっと思い出して祝ってあげてもいいだろうと感じた次第です。

『ビアンカの大冒険』にしても『ヘラクレス』にしても、あるいはそれらの作品に登場するキャラクターたち(ビアンカやバーナード、ヘラクレスやハデスなど)にしても、全世界にどれほどのファンがいるか定かではありません。しかし少なくとも、『白雪姫』や『アラジン』などの有名作品、そしてミッキーマウスやドナルドダックなどの有名キャラクターに比べて、ビアンカやヘラクレスの人気・知名度は劣ると思うのです。

ミッキーやドナルドのデビュー日は、多くの人がお祝いしています。彼らは人気・知名度ともに抜群ですから。彼らにお祝いの気持ちを伝えるために東京ディズニーランド・東京ディズニーシーを訪れる人だっているでしょう。実際、ミッキーのデビュー日である11/18は、トゥーンタウンのミッキーの家を訪問する人が、毎年多いです。

しかしながら、人気や知名度で彼らに劣るビアンカやヘラクレスのデビュー日を、一体誰が祝ってあげているでしょうか。もちろん、ビアンカとバーナードにはパークで会えますから、彼らに直接お祝いの気持ちを伝えている方もいらっしゃるでしょうが、ミッキーやドナルドより少ないのは否めないと思います。

となると、『ビアンカの大冒険』や『ヘラクレス』という作品、あるいはそれらの作品でデビューしたキャラクターたちを愛している自覚のある人間が、祝ってあげるべきだと思うのです。私は『ビアンカの大冒険』や『ヘラクレス』という作品やキャラクターを好きだと自認していながら、公開日を忘れておりました。不覚です。いつもの年ならともかく、今年はそれぞれ30周年と10周年。そういう記念すべき年ぐらい、私が祝ってあげずに誰が祝ってあげるのでしょうか。

残念ながら、『ビアンカの大冒険』30周年記念DVDプラチナ・エディションの発売情報とか、『ヘラクレス』10周年記念特製フィギュアの発売情報とか、そういう話は聞きません。それならばなおのこと、彼らを好きな人間が彼らのデビュー日を祝し、彼らの活躍を振り返ってみてもいいのではないか。自分が彼らのデビュー日を忘れていたことを反省し、そんなことを考えてみた今日この頃です。

ところで、今月はディズニー長編映画の公開日が結構多いです。『ビアンカの大冒険』、『ヘラクレス』に、私が覚えていた『ロジャー・ラビット』以外にも、『わんわん物語』が6/16、『ライオン・キング』が6/24、『ポカホンタス』が6/23、『ノートルダムの鐘』が6/21、『ムーラン』が6/19、『ターザン』が6/18、『アトランティス/失われた帝国』が6/15、『リロ&スティッチ』が6/21といった具合です。

例えばですが、『わんわん物語』の公開日である6/16に、レディとトランプのデビューを祝して家でスパゲティを食べた方などおりましたら、お話を聞かせてくれると嬉しいです。でも、『ライオン・キング』の公開日を祝して虫を食べたという話は、気持ち悪くなり過ぎない程度にお願いします。

関連記事
ディズニーのマイナーキャラ紹介~ビアンカとバーナード~
ディズニー映画『ヘラクレス』

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2007年6月27日 (水)

ミッキーマウス・レビュー

東京ディズニーランド(以下、TDL)のファンタジーランドにある「ミッキーマウス・レビュー」については、思い入れを抱いているディズニー・ファンも少なくないと思います。元々はアメリカ・カリフォルニアのディズニーランドにあったアトラクションですが、現在はTDLでしか見られないからです。私も、好きなアトラクションの1つです。

このアトラクションは、プレショーと本編の二段構成になっています。10分ほどのプレショーでは、俳優としてのミッキーマウスの活躍を、映像で振り返ります。貴重な映像も見られるので、とても楽しいです。個人的には本編よりも好きです。ウォルト・ディズニーがミッキーの声優を務めていた…と言うより、ミッキーの声は人間がやっているということを公に述べているのは、パーク内でもここだけではないでしょうか。

本編では、ミッキーを始めとするたくさんのディズニーキャラクターたちが、オーディオ・アニマトロニクスで登場して、数々のディズニー・ソングをメドレーで演奏してくれます。色んなキャラクターが登場しますし、ディズニーの名曲が色々聴けるので、これもまた楽しいです。自分の体に穴を開けて楽器にしているカー(映画『ジャングル・ブック』に登場するヘビ)にビックリします。

ただ、このアトラクションは、好きな人と嫌いな人の落差が激しいアトラクションでもあると思います。本編にはたくさんのキャラクターが登場するとは言え、所詮は機械仕掛けの人形だと感じてしまう人もいるかもしれませんし、ディズニー・ソングに興味がなければ、ディズニー・ファンがどんなに「名曲」だと感じている曲を聴けても、退屈に感じるかもしれません。オーディオ・アニマトロニクスの動きも、そんなに凄いと感動できるほどのものではないですし。

また、プレショーについても、アニメーションにおける音の重要性についての説明があったりしますが、そもそもディズニー・アニメに興味がなければ、このプレショーは面白くないと断言できるでしょう。「ミッキーマウスの人が好きだ」と言う人は老若男女を問わず多いでしょうが、そのすべての人がアニメーションでのミッキーの活躍に興味があるわけではありません。『蒸気船ウィリー』だとか『ファンタジア』だとか言われても、ピンと来ない人もいるでしょうし。

個人的には今のままでも大好きなミッキーマウス・レビューですが、人気アトラクションにするためには、リニューアルが必須でしょうね。しかしながら、「あのレトロ感がいいんだ」と言う人もいるでしょうし、難しいかもしれませんね。

ところで、TDLでは現在、「リロ&スティッチのフリフリ大騒動」というイベントが開催中です。そのため、TDLの至るところにスティッチのイタズラがあったり、スティッチが隠れていたりしますが、ミッキーマウス・レビューにもスティッチがいたり、スティッチのイタズラがあります。このアトラクションのイタズラは凄まじいですし、アトラクション本編にちゃっかり紛れ込んでいるスティッチはとても可愛らしいので、スティッチ・ファンはぜひ行ってみると良いと思います。

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2007年6月25日 (月)

歴史研究者とは何か

神奈川大学には21世紀COEプログラム「人類文化研究のための非文字資料の体系化」というものがありますが、その一環として刊行されているニューズレター『非文字資料研究』第5号(2004年)には、歴史家の宮地正人氏と、同じく歴史家の中村政則氏の対談が掲載されています。「歴史的事実とは何か‐文字資料と非文字資料のあいだ‐」と題された対談です。

この対談では興味深い内容が話されていて、読んでいて勉強になりました。神奈川大学・21世紀COEプログラムのホームページから、PDFで閲覧することができます。その中で宮地正人氏は、歴史研究者とは何か、歴史研究者とはどうあるべきかについて、次のように端的に語っています。歴史研究者を目指す人は、留意しておいて損はない言葉でしょう。

第一次史料をできるだけ集め、読み、考え、研究するのが歴史研究者の一番の楽しみです。学問の蓄積の上に1頁を付け加えるだけです。歴史研究者は、職業家集団として過去に責任を負っているのです。これは信用して使える史料だ、しかしこれは偽文書だと明確に言えなければ、歴史研究者ではない。歴史研究者はなによりも職人だと思います。

非常に共感できる言葉です。私も、使える史料と使えない史料の区別を厳密にできる研究者ほど、優れた歴史研究者だと思います。歴史研究者が職人だという意見にも納得です。また宮地氏は、次のようにも言っています。

歴史を専攻する人間は、事実にこだわる性向の人間がやるもので、拘泥しないか出来ない人は、やめたほうがいい。誰でも医者になれる訳ではないのと同じ論理です。

これも同感です。事実に徹底的にこだわる姿勢がなければ、歴史研究者は務まらないと思います。例えば、自分のイメージを事実よりも優先させようとする人がいて、そういう人は自分のイメージを壊されかねない事実の追究を嫌がる傾向がありますが、そういう人は歴史研究には向かないでしょう。また、「誰でも医者になれる訳ではないのと同じ」という部分にも同感です。

宮地氏はさらに、欧米や中国では歴史研究者と小説家の区別が明確なのに、日本ではそうではなく、例えばNHKの歴史番組などに小説家が出演して歴史を語ることがある例から、「国によって歴史の語られ方が違う」と言います。そして、日本が欧米や中国のように、歴史研究者と小説家を厳密に区別しようとしない理由の1つを、江戸時代の講釈師に求めます。

講釈師は、歴史上の事実をそのまま語るわけではありません。しかし江戸時代の日本人は、講釈師が語る歴史を歴史として聞いていたのです。宮地氏は、それが明治以後に時代小説家が歴史の語り手になる上で大きな意味を持ったことを指摘します。宮地氏が言うには、「歴史は物語だ」という言説は、良かれ悪しかれ江戸時代からの日本的伝統を受け継いだものだということです。

歴史研究者は講釈師でも小説家でもなく、事実のみにこだわる職人なのだということを指摘しておきたいと思います。

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2007年6月23日 (土)

図録『龍馬の翔けた時代』

一昨年の2005年は、坂本龍馬の生誕170周年ということで、京都国立博物館で「龍馬の翔けた時代‐その生涯と激動の幕末‐」という特別展覧会が開催されました。私は残念ながら見に行けませんでしたが、後で図録だけは購入しました。京都国立博物館編『龍馬の翔けた時代‐その生涯と激動の幕末‐』(京都新聞社、2005年)という図録です。

この図録、豊富な文献史料や絵画・写真資料などを多数カラー写真で掲載していて、非常に良いです。できれば実際に見に行きたかったのは言うまでもありませんが、図録だけでも購入して良かったと思わせてくれる内容です。それだけに、井上勝生『幕末・維新』(岩波新書、2006年)でも、参考文献として使用されています。

図録に掲載されている資料類(=展示されていた資料類)には、現存している坂本龍馬書簡の約半数や、河田小龍の『漂巽紀略』、『坂本家先祖書並系図』、『小栗流和兵法三箇条』、安政4年8月17日付の島村源次郎宛武市半平太書簡、『坂本八平訓戒書』、『井口家アルバム』、『三吉慎蔵日記抄録』、『新政府綱領八策』、『大政奉還建白書写』、『梅椿図』、永倉新八『浪士文久報国記事』、『馬関戦争図』、『近世珍話』、『北亜墨利加合衆国 水師提督ペルリ之肖像』、『ペリー浦賀来航図』、『海援隊約規』、『九州小倉合戦図』、『幕末風俗図巻』、『内裏図』などがあって、実に多彩。

龍馬本人や、龍馬と直接交流のあった人物が書いたものだけでなく、広く幕末という時代全体を理解する上で貴重な資料類が掲載されているのが、この図録の特徴と言えそうです。個人が所蔵している資料以外は、きちんと所蔵先を明記してあって便利ですし。

龍馬の書簡そのものは、平尾道雄監修・宮地佐一郎編集『坂本龍馬全集』(光風社、1978年)や宮地佐一郎『龍馬の手紙』(講談社学術文庫、2003年)に、そのほとんどが写真版で収録されていはいますが、モノクロ写真でした。『龍馬の翔けた時代』展図録はカラー写真で掲載しているので、少しお得な感じがします。ただし、収録書簡の数だけなら『坂本龍馬全集』や『龍馬の手紙』の方が多いですが。

また、この図録には四つの論考が収録されています。青山忠正「文久・元治年間の政局と龍馬」、宮川禎一「坂本龍馬の生涯と書簡」、三浦夏樹「土佐と坂本龍馬」、古城春樹「下関と坂本龍馬」の四つです。

個人的に、特に興味深く読めたのが、青山忠正氏の論考。青山氏は『明治維新と国家形成』(吉川弘文館、2000年)や『明治維新の言語と史料』(清文堂出版、2006年)などの著書がある、明治維新政治史研究者であるだけに、龍馬の活動と文久・元治年間の政局の関係を興味深く論じています。

青山氏は、坂本龍馬の事績として知られている事件・出来事について、「伝説化」されたものが少なくないことを強く主張されている研究者。つまり、真実とは異なる「伝説化」された部分を取り除いたとき、どのような坂本龍馬の人物像が描けるのかを探求されていて、『龍馬の翔けた時代』展図録に掲載された論考も、その一環と捉えることができそうです。興味深く読むことができました。

図録は今でも、京都国立博物館のミュージアムショップ(便利堂)に問い合わせることで、購入できるみたいです。また、古書店にも少し出回っています。

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2007年6月22日 (金)

ロジャー・ラビットのデビュー日を祝す

ロジャー・ラビットは、以前に「ディズニーの超大作『ロジャー・ラビット』」という記事でも述べたように、アカデミー賞の4部門で受賞した大作映画『ロジャー・ラビット』でデビューしています。今日は、その『ロジャー・ラビット』が公開された日なのです。1988年公開なので、来年が20周年ということになりますね。

このロジャー・ラビットというキャラクターと彼の映画については、好きな人は本当に大好きであるにもかかわらず、知らない人は本当に知らないという印象があります。例えば、ディズニー映画『南部の唄』のブレア・ラビットや、バッグス・バニーと混同されたりといった具合です。

東京ディズニーリゾートでの活躍機会も限定されていて、現在では東京ディズニーランドのエレクトリカルパレード・ドリームライツと、トゥーンタウンでのグリーティングぐらいでしか、生でロジャー・ラビットを見る機会はないのではないでしょうか。日本では。

しかしながら、東京ディズニーランドのトゥーンタウン(ミッキーマウスやドナルドダックの家がある街)自体が、映画『ロジャー・ラビット』をモチーフにしていることは、もっと知られてもよいと思います。そんな思いを込めて、今日はロジャー・ラビットのデビューを祝す記事でも書いてみようかと思いました。

トゥーンタウンには、「ロジャーラビットのカートゥーンスピン」というアトラクションもあります(残念ながら、よりによって今日まで休止ですが)。トゥーンタウンの一番奥の方にあるので、東京ディズニーランドも何度も訪問していながら一度も乗ったことがないという人も、少なからずいるようです。それは勿体ないことなので、機会があれば多くの人に体験してもらいたいです。ただし、映画『ロジャー・ラビット』を見てから乗った方が楽しめるというのが、私の個人的意見です。

ところで、ロジャーはウサギですが、奥さんは人間です。ただし、アニメの人間。映画『ロジャー・ラビット』の世界観は本物の人間とアニメキャラクターが共存している世界観で、ロジャーはウサギのアニメキャラクター、ジェシカは人間のアニメキャラクター。アニメキャラクターたちは映画俳優・女優で、本物(実写)の人間たちが経営する映画会社に雇われて働いている設定です。

ロジャーは大人気のハリウッド・スターで、ジェシカはその妻なのです。映画『ロジャー・ラビット』の中では、本物の人間の男性から見ても、ジェシカはアニメキャラクターであっても構わないと思えるぐらいに魅力的な女性として描かれていますが、それはあくまで人間から見た上での話。アニメキャラクターの視点では、「ジェシカは大スターのロジャーと結婚できてラッキー」ということになるそうです、ベティ・ブープの言うところによれば。

そのジェシカですが、ありえないぐらいのセクシーさを誇るキャラクターゆえ、好きだという人が結構いるのではないでしょうか。そのジェシカのグッズが7月から東京ディズニーランドで発売されるという情報は、私を含む多くの人にとって興奮すべき朗報だと思います(詳しくはコチラ)。

ロジャー・ラビットに興味がある方は、私が相互リンクさせていただいている「Slap stick」さんも、ぜひご覧ください。

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2007年6月21日 (木)

TDL 昼間のパレード

Dscf0917_1  今の時期の東京ディズニーランドは、晴れた日にはフリフリ・オハナ・バッシュがオススメです。曇った日に見るよりも、断然良いです。

「パレードはエレクトリカル・パレードしか見ない。昼間のパレードは見なくていいよ」と決めてディズニーランドに行く方もいらっしゃるようですが、せっかく7月までしか開催されないスペシャル・パレードですし、フリフリ・オハナ・バッシュはオススメしたいところです。6/21は映画『リロ&スティッチ』が公開された日ですしね。

特に、エレクトリカル・パレードが満喫できるような良い天気の日なら、フリフリ・オハナ・バッシュも賑やかでとても楽しめると思います。

夜のパレードとしてエレクトリカル・パレードは魅力的ですが、昼のパレードには昼のパレードの良さがあります。もちろん、フリフリ・オハナ・バッシュだけでなく、「ドリームス・オン・パレード~ムービン・オン」も同様です。

先日、ディズニーランドには何度も来ていて、エレクトリカル・パレードは何度も見ているのに昼間のパレードはまともに見たことがない人の話を聞いて、「勿体ないなぁ」と思ったのです。それぞれにそれぞれの魅力があるので、昼間のパレードをエレクトリカル・パレード以上に好きになる可能性がある人も、少なくないと思うんですよね。そんなことを、ふと考えてみました。Dscf0884_5

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2007年6月20日 (水)

『史学雑誌』回顧と展望 2006年の歴史学界

『史学雑誌』2007年5月号(第116編第5号)が刊行されました。待ちに待った「回顧と展望」号です。『史学雑誌』という歴史学の学術雑誌は、毎年5月号において「回顧と展望」という特集を組み、そこで各地域・各時代・各分野の前年(場合によって一昨年)の主要な研究成果を紹介・論評しているのです。

私はこの「回顧と展望」を毎年楽しみにしていて、自分の興味ある分野においてどのような文献が発表されたのか調べるために利用しています。今年も例によって幕末維新史の項目を中心に読んでみた(今日は書店で立ち読みしただけですが)ところ、大いに収穫がありました。

まず何より驚き、そして私の目を引いたのは、あさくらゆう氏の「新選組~最後の隊長、相馬主殿考」というタイトルの論文(『茨城史林』30号に収録)が紹介されていたことでした(この記事を書いたときにうろ覚えで記したあさくら氏の論文タイトルが間違っていましたので、6/22に修正しました)。あさくら氏と言えば、『慶応四年新撰組近藤勇始末』(崙書房)という著書を刊行されたばかりの、在野の研究者。そのあさくら氏の論文が、歴史学界でも最も権威ある『史学雑誌』の「回顧と展望」で紹介されたことは、私にとって衝撃かつ嬉しいことでした。

新選組は長らく歴史学の研究対象とは見なされない時代が続いていたわけですが、在野研究者が書いた新選組の論文が「回顧と展望」に取り上げられたことで、時代の変化を感じております。否応なしに、新選組が学問の研究対象になっていることを感じます。在野研究者の新選組論文が「回顧と展望」で紹介されるなんて、初めてのことではないでしょうか。ちなみに、「回顧と展望」の該当箇所の執筆者は鵜飼政志氏。鵜飼氏も、『歴史読本』などに新選組の論考を載せたことがある研究者です(鵜飼氏の専門は外交史)。ちょっと嬉しい気分になりました。

6/29追記
上記の鵜飼政志氏と書いた部分は、本当は中央大学の松尾正人氏でした。幕末維新期の外交部分を執筆している鵜飼氏が、幕末維新期全体を執筆しているものと勘違いしておりました。訂正のため追記しておきます。

さて、そのほか気になった文献は、覚えている限りで以下の通りです(順不同)。それ以外について興味のある方は、ご自身で『史学雑誌』の最新号をお読みください。ちなみに、幕末維新史の文献は日本近世史と日本近代史の両方の項目で紹介されています。

・青山忠正『明治維新の言語と史料』(清文堂)
・家近良樹編『もうひとつの明治維新』(有志舎)
・佐々木克『岩倉具視』(吉川弘文館)
・母利美和『井伊直弼』(吉川弘文館)
・笠原英彦『明治天皇』(中公新書)
・大塚桂「大政奉還論・再考(1)(2)」(『駒澤法学』18・19)
・高橋裕文『幕末水戸藩と民衆運動』(青史出版)
・三谷博『明治維新を考える』(有志舎)
・井上勝生『幕末・維新』(岩波新書)
・ジョン・ブリーン「『孝明政権』の確立と展開」(『中央史学』29)
・家近良樹「幕末の摂関家支配」(『中央史学』29)
・久住真也「幕末の徳川将軍と畿内」(『中央史学』29)
・清水善仁「幕末維新と公家社会」(『中央史学』29)
・藤田英昭「八王子出身の幕末志士川村恵十郎についての一考察」(松尾正人編『近代日本の形成と地域社会』岩田書院)
・松尾正人「多摩の戊辰戦争」(松尾正人編『近代日本の形成と地域社会』岩田書院)
・保谷徹「免許銃・所持銃・拝借銃ノート」(松尾正人編『近代日本の形成と地域社会』岩田書院)
・宮下和幸「幕末期における加賀藩京都詰の実態とその意義」(『日本歴史』696)
・奥田晴樹「教導職の政体論」(『金沢大学教育学部紀要. 人文科学・社会科学編』55)
・奈良勝司「小笠原率兵上京再考」(『立命館史学』27)
・竹本知行「大村益次郎の建軍構想」(『軍事史学』165)
・前原康貴「丹波山国隊の兵式と編制」(『軍事史学』165)
・高橋秀直「幕末長州における藩官僚と有志」(『日本史研究』524)
・高木俊輔「幕末維新期農民日記にみる地域情報」(『立正大学文学部論叢』123)
・布施賢治『下級武士と幕末明治』(岩田書院)


覚えているのは大体これぐらいです。タイトルを見て興味のある文献が見つかった方は、ぜひ実際に読んでみてください。また、ここで挙げた以外にも、『史学雑誌』最新号では貴重な文献が紹介されています。気になる方はご自分で確認してみてください。今日から書店で発売しています。

個人的にはとにかく、あさくらゆう氏の相馬主殿についての論文が紹介されていたのが驚きでもあり、嬉しくもありました。

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2007年6月19日 (火)

ハイスクール・ミュージカル

ディズニーのTV映画『ハイスクール・ミュージカル』を、最近になって初めて見ました。先月、DVDで発売されたばかりです。聞くところによると、世界中で人気がある作品なのだとか。日本で舞台化もされるそうです。今年の正月にNHKでTV放送されていましたが、私は見逃してしまったので、DVDが発売されたことを機会に見てみたのです。

率直な感想ですが、面白いです。ストーリーはいたってシンプル。

主人公のトロイとガブリエラは、大晦日のパーティーで偶然出会い、意気投合。新学期が始まると、ガブリエラがトロイのいる学校にたまたま転校してきて、2人の仲はさらに接近。バスケ部のキャプテンのトロイと優等生のガブリエラは、周囲から見れば正反対の2人に見えたものの、トロイとガブリエラはお互いにお互いの、周囲の人間が知らない魅力に気付いて接近していきます。

そして、2人は学校で開かれるミュージカルのオーディションを受けることになりますが、トロイにバスケの決勝戦に集中してもらいたいトロイの友人たちと、ガブリエラに学力コンテストに集中してもらいたいガブリエラの友人たちが、2人の仲を邪魔しようとします。しかし、2人の友人たちはその過ちに気付き、今度は2人がオーディションに受かるよう応援するものの、トロイとガブリエラに主演の座を譲りたくないシャーペイと弟のライアンの画策が始まり、果たしてトロイとガブリエラはオーディションに合格することができるのか…というもの。

ストーリーはシンプルですが、安心して見ていられる雰囲気があります。一人一人の登場人物が個性的なのもいいです。笑える要素もあって、特にオーディションのライバルであるライアンが面白いです。

個人的な好みを言いますが、ガブリエラが好きです。問答無用で可愛いですから。友人たちの画策によって、トロイがガブリエラについて心にもないことを言わされてしまった場面を見せられて、泣きながら歌うシーンは必見。ただし、オーディションのライバルであるシャーペイも可愛いから困ったものです。

そんな私の好みはどうでもいいのですが、全編にわたってミュージカル仕立てになっていて、楽しいことこの上ないです。劇中で歌われている曲も、耳に残るものばかり。とても楽しい作品で、人気があるのも頷ける印象を受けました。

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2007年6月18日 (月)

『大日本編年史』と「客観的な歴史」

歴史が物語だという場合にも二通りの立場がある」。この言葉は、日本近代史研究者の小路田泰直氏が、著書『「邪馬台国」と日本人』(平凡社新書、2001年)の中で述べているものです。以後、色付きで表示された文字は小路田氏の著書からの引用です。

小路田氏が言う二通りの立場とは、以下の二つになります。

① 客観的な歴史は確かに存在するが、それを、どこまでも主観的な存在である我々人間が認識するためには、主観的な作業仮説を積み重ねていくしかないという意味で歴史は物語だという場合

② 歴史を、書く人の主観によって文字通り自由に描かれた文学作品同様の物語として捉えて物語という場合

小路田氏は、①を「客観的な歴史」と命名し、②を皇国史観が属する立場だと言います。近代の日本が公式に採用したのは、②の立場でした。①の立場は、『古事記』や『日本書紀』の神代の箇所の記述を安易に史実とは認めませんし、天皇家の「万世一系」にも否定的な立場です。②はその逆です。

ところが意外なことに、維新直後の明治政府が正史として編纂しようとした『大日本編年史』は、②の立場ではなくて、①の「客観的な歴史」の立場を採用していたそうです。その事業の編纂を担当した人たち(重野安繹、久米邦武、星野恒など)には、「『朝廷一家の歴史』や『政府官員の履歴』を書くのではなく、全国・全国民の歴史を書くこと、つまり『国民史』を書くという意図」と、「歴史を『名教』(道徳)や『物語の弊風』から解き放ち、どこまでも事実に基づいて書くという意図」、そして「日本の歴史を一つの文明史として描くという意図」があったのだと、小路田氏は述べています。

特に重視されたのが2つ目の、事実のみに基づく意図だったそうです。だからこそ例えば、『太平記』に書いてある記述でも古文書での裏づけがとれないものは、史実ではないとして排除したりしていたそうです。確かに、「客観的な歴史」を書こうという意欲が窺える事例です。その後の日本政府の歩みから考えると、意外な印象を受けます。

では何故、明治政府は「客観的な歴史」を書こうと試みたのでしょうか。その疑問に対して、小路田氏は次のような回答を示しています。

国民に歴史を自由に鳥瞰して、自力で自らの歴史観=道徳を構築してもらおうとしたからであった。そのためには歴史それ自体が「名教」を語る物語であってはいけなかった。なぜならば歴史を教訓にして物語をつくるのは、あくまで読み手の国民一人一人の方だったからであった。
 一言で言うと、早晩生まれ出ずるべき立憲国家を支えていけるだけの国民の創出に関わろうとして、あえて「客観的な歴史」を書こうとしたのである。

ところが、「客観的な歴史」を書こうと試みた『大日本編年史』の編纂事業は、途中で中止させられてしまいます。中止させたのは、第二次伊藤博文内閣の文部大臣・井上毅だそうです。どうして、明治政府の方針は変わってしまったのでしょうか。小路田氏は次のように述べます。

明治二〇年代に入ると、国家の歴史を書く目的が、人類史とか文明史とかいったレベルの歴史を日本史を素材に書く―言い換えると日本史の中に普遍史を見出す―ことから、日本の個性、日本の特殊性をむしろ積極的に描くことに大きく変わった。その結果、『大日本編年史』の編纂は中止させられてしまったのである。

最初の頃は、日本が独立国にふさわしい文明国だと証明することが、歴史を書くことの目的の1つとされ、そのために普遍化された文明国の指標を用いようとしていたにもかかわらず、次第に普遍化された文明国の指標を利用することではなく、日本文化の特殊性・固有性といった民族的個性が強調され、「万邦無比の国体」などの言葉が使われるようになってきた事情があるようです。

そのため、「客観的な歴史」を書こうとする勢力ではなく、物語的な歴史が重視されるようになってしまったそうです。日本文化の固有性を証明するために物語的歴史が採用されたのは、「客観的な歴史」の立場で事実と見なせるものの中に、中国などの外来文化の影響を受けていない日本固有のものが見出せなかったからだと、小路田氏は述べます。

要するに、中国文化が入ってくる前の神話の時代(「客観的な歴史」の立場では事実と認めない時代)を歴史に組み込む物語が、日本文化の固有性を主張するために必要になったわけです。それが皇国史観に結び付いていくわけですね。

この「客観的な歴史」から物語的歴史が主流になるまでの過程は、戦後の歴史学にも大きな影響を与えていると、小路田泰直氏は見ています。詳しくは、小路田泰直氏の著書『「邪馬台国」と日本人』(平凡社新書、2001年)をお読みください。この本は、明治以後の邪馬台国の論争を古代史上の論争ではなく、日本近代史上の論争と見て、日本の史学史を追及したものです。邪馬台国論争などを事例に、近代日本の歴史家たちが抱えた歴史叙述・歴史認識の問題を論じています。

なお、ここでは小路田泰直氏『「邪馬台国」と日本人』から引用を行いましたが、『大日本編年史』についてより詳しいことは、小路田泰直氏の論文「日本史の誕生―『大日本編年史』の編纂について」(西川長夫・渡辺公三編『世紀転換期の国際秩序と国民文化の形成』柏書房、1999年に収録)を参照してください。

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2007年6月16日 (土)

ディズニー映画『三匹荒野を行く』

今、「ディズニーの実写映画と言えば?」という質問をしたら、やっぱり『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズを挙げる人が多いでしょうか。大ヒットしているわけですから、それも当然かもしれません。しかし、ディズニーには『パイレーツ・オブ・カリビアン』以外にも数々の面白い実写映画があることを、忘れてはなりません。

この記事で紹介する『三匹荒野を行く』(原題”The Incredible Journey”)も、ディズニーの実写映画の1つ。1963年の作品です。まだウォルト・ディズニーが生きていた頃の作品ですね。以前、このブログで紹介した『奇跡の旅』は、『三匹荒野が行く』のリメイク作品です(『奇跡の旅』についてはコチラの記事を参照)。リメイクされたことにも納得がいくほど、『三匹荒野を行く』は面白い作品です。

ストーリーは単純そのもの。ある事情で知人に預けられた2匹の犬と1匹の猫が、ひょんなことから数百キロも離れた飼い主の家を目指して、森の中を大冒険するというもの。動物たちの素晴らしい演技が最大の見所です。人間たちの出番は限られていて、主役は完全に三匹の動物たち。彼らはセリフを発することなく、彼らの考えていることはナレーションで説明されます(シーンによってはかなり強引ですが)。

個人的に感心したのが、猫テーオの演技(もしかしたら”素”かもしれません)。熊に襲われそうな老犬ボジャーを救うべく熊に立ち向かってみたり、川の激流に流されてみたり、オオヤマネコに追いかけられてみたり…。どれもこれも命がけの撮影だったのではないかと想像されます。テーオがオオヤマネコに追いかけられているあたりは特に、本当に捕まってしまったらどうなっていたのか、本気で危なかったのではないかと心配してしまうほどでした。

老犬ボジャー役の犬の演技も見ものです。ボジャーを演じている犬は撮影当時3歳だったそうですが、老犬らしい動きを見事に演じています。言われなければ実は若い犬だなんて気付きません。演技力は三匹の中で一番だったと思います。

若いリーダー犬のルーアは、無闇に人間に近付いて危ない目に遭ったボジャーを、睨み付けるシーンが秀逸でした。また、激流に流されたテーオを追いかけるシーンも良かったです。

三匹の心情を説明するナレーションはナレーションで、なかなか面白く突っ込みどころもあります。お座りしているのになかなか餌をもらえない犬たちに対して、「犬たちはやがて焦りを感じ始めました」というナレーションが入ったのには笑ってしまいました。

ラストで三匹が無事に飼い主のもとに来たシーンは感動的。まず最初に若い犬のルーアが来て、その次に猫のテーオがやってきたものの、老犬ボジャーは現われず。人間たちが、「やっぱりボジャーは年寄りだからダメだったんだ」と諦めかけたその絶妙のタイミングで、ボジャーが元気な姿を見せてくれます。この、ボジャーも無事だったんだと判明した瞬間の感動は、何とも言えません。本物の動物を使っての撮影だったからこそ、感動も大きいです。

ところで、『三匹荒野を行く』という作品にはやたらと「ハンター」が登場したような印象があります。主役の三匹を飼っていたのはハンター教授ですし(ハンターの意味が他とは違いますが)、猫のテーオは猫ゆえに鳥や魚を見つけると捕りたくなるハンター。そのテーオを襲ったオオヤマネコは冷酷なハンターと説明されますし、そのオオヤマネコを猟銃で狙った少年は冷酷ではないが立派なハンターと説明されています。また、良い猟犬を一発で見分けるハンターも登場します。

『三匹荒野が行く』のリメイク版である『奇跡の旅』は、大まかなストーリーは『三匹荒野が行く』と同じながらも、大胆なアレンジが加えられています。その最たるものは、動物たちが会話すること。『三匹荒野が行く』では動物たちは喋ることなく、ナレーションで心情が解説されていますが、『奇跡の旅』では犬や猫が喋って会話をします。その点で好みが分かれるかもしれませんが、私はどちらもそれぞれの味があって面白いと思っています。

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2007年6月15日 (金)

幕末維新史の新書 個人的オススメ20冊 その2

「幕末維新の新書 個人的オススメ20冊 その1」の続きです。前回は、絶版・品切れになっていないものだけを選んで紹介しましたが、今回は逆に、絶版・品切れになっていて現在は古書店などで購入するしかないものを20冊紹介したいと思います。相当迷いましたが、何とか20冊に絞りました。

飛鳥井雅道『文明開化』(岩波新書、1985年)

石井孝『明治維新の舞台裏』第2版(岩波新書、1975年)

絲屋寿雄『大村益次郎‐幕末維新の兵制改革‐』(中公新書、1971年)

井上清『西郷隆盛‐維新前夜の群像6‐』上・下(中公新書、1970年)

入交好脩『武市半平太‐ある草莽の実像‐』(中公新書、1982年)

内山正熊『神戸事件‐明治外交の出発点‐』(中公新書、1983年)

大久保利謙『岩倉具視‐維新前夜の群像7‐』増補版(中公新書、1990年)

笠原英彦『天皇親政‐佐々木高行日記にみる明治政府と宮廷‐』(中公新書、1995年)

佐々木潤之介『世直し』(岩波新書、1979年)

佐藤誠朗『幕末維新の民衆世界』(岩波新書、1994年)

芝原拓自『世界史のなかの明治維新』(岩波新書、1977年)

嶋岡晨『志士たちの詩』(講談社現代新書、1979年)

杉山伸也『明治維新とイギリス商人‐トマス・グラバーの生涯‐』(岩波新書、1993年)

須見裕『徳川昭武‐万博殿様一代記‐』(中公新書、1984年)

高木俊輔『幕末の志士‐草莽の明治維新‐』(中公新書、1980年)

遠山茂樹『明治維新と現代』(岩波新書、1968年)

松岡英夫『岩瀬忠震‐日本を開国させた外交家‐』(中公新書、1981年)

松尾正人『廃藩置県‐近代統一国家への苦悶‐』(中公新書、1986年)

南和男『維新前夜の江戸庶民』(教育社歴史新書、1980年)

安岡昭男『明治維新と領土問題』(教育社歴史新書、1980年)

井上清氏の『西郷隆盛』だけ、上巻と下巻の2冊ですが、1冊扱いで紹介しました。

また、本当は市井三郎・橋川文三・丸山真男などの諸氏の著書も選びたかったところなのですが、文庫や単行本として復刊されているので断念しました。

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2007年6月14日 (木)

ウルトラマンヒカリとウルトラマンアグル

『ウルトラマンメビウス』には身体のラインの色が青い、ウルトラマンヒカリが登場していました。ヒカリは、M78星雲から来たウルトラマンとしては、初めての青いウルトラマンということになります。

ただ、M78星雲とは設定上関係がない、平成のウルトラ作品には、青いウルトラマンが登場していました。例えばウルトラマンティガは、普段は赤いラインと紫のラインからなる身体(マルチタイプ)ですが、戦いの状況に応じて紫ラインのスカイタイプにタイプチェンジして戦っていました(赤いライン一色のパワータイプもあります)。まぁ、ティガの場合はあくまで紫であって、厳密には青ではないのですが、それでも従来のウルトラマンにはなかった特徴でしょう。

ウルトラマンダイナは、普段は赤と青のラインで構成されるフラッシュタイプと呼ばれる身体ですが、ティガと同様に、戦いの状況に応じてストロングタイプとミラクルタイプにタイプチェンジし、ストロングが赤いライン、ミラクルは青いラインの身体でした。

ウルトラマンコスモスもタイプチェンジして戦うウルトラマンですが、ティガやダイナと違って、青いラインだけで赤いラインを持たないルナ・モードが通常の状態だったという点が特徴的です。青いルナ・モードから、赤いラインを持つコロナ・モードなどにモードチェンジして戦います。

ウルトラマンネクサスにも、ジュネッス・ブルーという形態がありますね。

しかし、それらのウルトラマンよりも、ウルトラマンヒカリの設定やキャラクターに影響を与えていると思われるのが、『ウルトラマンガイア』に登場したウルトラマンアグルです。『ウルトラマンガイア』という作品には、赤いラインのガイアと、青いラインのアグルという2人のウルトラマンが登場し、アグルは劇中でも「青いウルトラマン」と呼ばれることが多かったのです。『ウルトラマンメビウス』における、赤いラインのメビウスと青いラインのヒカリのタッグに似ていますね。

『ウルトラマンガイア』は、こんな話です。「根源的破滅招来体」という、地球を破滅に導く存在が現われることが明らかになり、地球自身が高山我夢と藤宮博也に光の力を授け、その光によって2人はそれぞれガイアとアグルとしての能力を得ました。ただ、ガイア(我夢)とアグル(藤宮)には「ウルトラマンとは何か」という考え方において決定的な違いがありました。我夢がウルトラマンを、「地球と人間たちを守る存在」と考えたのに対し、藤宮は「ウルトラマンは地球を守るもの」で、「愚かな人間たちまで守る義務はない」という考えでした。

そのため、ガイアとアグルは協力して戦うこともありましたが、人間たちを守ろうとすると地球にピンチが迫るような状況では、ガイアとアグルは対立しました。例えば、「この怪獣を今倒さなければ地球は危ない。でも、ここで倒したら大爆発が起きて人間たちも危ない」というような状況では、どうしたらいいのか迷うガイアと、お構いなく怪獣を倒そうとするアグルが対照的でした。この点、メビウスと、復讐に囚われてハンターナイト・ツルギになってしまったウルトラマンヒカリの対立が、ガイアとアグルのイメージに重なる印象を私は受けました。

また、『ガイア』の中盤で自分の考えの過ちを悟った藤宮(アグル)は、戦うことを放棄して、我夢(ガイア)に自分の光の力を託し、どこかに消えていきました。それによって、ガイアはパワーアップしますが、メビウスがヒカリのナイトブレスの力でパワーアップしたのと少し似ていますね。『ガイア』の後半で藤宮は再登場。戦う意味を取り戻した藤宮は再び地球から光を授かり、アグルとして復活します。

私だけかもしれませんが、ウルトラマンヒカリの設定・キャラクターは、アグルの存在に影響を受けていると感じています。少なくとも、メビウスとヒカリが戦う姿は、ガイアとアグルが戦う姿を想起させました。

ところで面白いことに、ウルトラマンヒカリに変身するGUYSのセリザワ隊長を演じた石川真氏は、『ウルトラマンガイア』にも特捜チームXIG(シグ)の隊員役で登場しているということです。XIGは他のウルトラ作品の特捜チームとは異なって大所帯で、任務の内容や状況に応じて空軍チームの「チーム・ライトニング」や「チーム・ファルコン」(石川氏はこのチームの塚守隊員役)が出撃したり、陸戦部隊の「チーム・ハーキュリーズ」が出撃したり、救助部隊の「チーム・シーガル」が出撃するという体制になっていました。

そのため、石川真氏は『ウルトラマンガイア』に毎回登場していたわけではありません。しかしそれでも、石川氏が「青いウルトラマン」の先駆たるウルトラマンアグルが活躍していた『ウルトラマンガイア』に出演し、その後自らも「青いウルトラマン」ことウルトラマンヒカリに変身したのは、何とも印象深いことでした。

また、セリザワ隊長(ウルトラマンヒカリに変身)を演じた石川真氏と、藤宮博也(ウルトラマンアグルに変身)を演じた高野八誠氏は、どちらも仮面ライダーを演じた経験があるという点で共通点があります。ヒカリの石川氏はビデオ作品『真・仮面ライダー序章』で仮面ライダーシンに変身する風祭真を演じ、アグルの高野氏は『仮面ライダー龍騎』に登場する仮面ライダーライア・手塚海之と、映画『仮面ライダー THE FIRST』において仮面ライダー2号・一文字隼人を演じているのです。

要するに、ウルトラマンヒカリとウルトラマンアグルは、どちらも赤いウルトラマンとタッグを組んで活躍し(その前に対立がある点でも共通)、ヒカリに変身する役者さんはアグルが活躍した『ウルトラマンガイア』にも出演していて、そしてヒカリの役者さんもアグルの役者さんも、どちらも仮面ライダーとしての顔も持っているということです。

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2007年6月12日 (火)

パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド

今月に入ってから、『パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド』を見てきました。昨年公開の『パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト』に続くシリーズ3作目です。以下、若干のネタバレも交えて感想を述べてみたいと思います。

その前に、改めて確認しておきたいことがあります。『ワールド・エンド』を見るために映画館を訪れている人々でも、未だにご存じない方がいるようですが、『パイレーツ・オブ・カリビアン』は、ディズニーランドのアトラクション「カリブの海賊」を映画化したものです。

実は、私が『ワールド・エンド』を見たとき、映画が始まる前のCMで、「この夏、東京ディズニーランドにジャック・スパロウ現る」みたいなことを言っていたのですが、私の隣の席に座っていた女性がそれを見るや、「何で海賊なのにディズニーシーじゃなくて、ディズニーランドなんだろうね。謎じゃない?」ということを連れと話しているのが聞こえてしまったのです。東京ディズニーランドに「カリブの海賊」というアトラクションがあることを知っていて、なおかつ『パイレーツ・オブ・カリビアン』が「カリブの海賊」を映画化したものだと知っていれば、上記の疑問は生じるはずもありませんよね。

さてさて、肝心の『ワールド・エンド』の感想ですが、批判すべき点は色々とありつつも、私は楽しめました。個人的な感想を言えば面白かったです。ただし、『ワールド・エンド』は万人にオススメできる映画ではありません。ジャック・スパロウが見られればそれで満足という人ならばともかく、そうではない人で、1作目や2作目を見たことがない方にはオススメできません。

同様に、1作目や2作目を見たことがあっても、細かい内容を覚えていないという人には、やはりオススメできません。1作目・2作目の内容を知らない・覚えていない人は、事前に1作目と2作目の内容を復習してからでなければ、『ワールド・エンド』は見に行かない方が良いと思います。

ただまぁ、大筋のストーリーには納得できない部分(好きになれない展開)もありつつも(例えば、海の女神カリプソの扱いとか、あっけなく殺されてしまったノリントンの扱いとか、いつの間にか殺されていたスワン総督の扱いとか、ジャックとバルボッサ以外の海賊長はあんな人たちでいいのかとか、サオ・フェンの存在は必要だったのかとか)、全体的には楽しかったです。

何よりバルボッサが物凄くかっこよかったですし、そのバルボッサに対抗するジャック・スパロウは面白かったですし、クライマックスの戦いは迫力があって見応えたっぷりです。小ネタも多くて良かったです(それが嫌な人もいるでしょうが)。

個人的には面白かったのですが、気軽に見られる映画ではないと感じられた点が一番の問題でしょうか。とにかく、これから『ワールド・エンド』を見に行かれる予定の方には最低限、前作と前々作の内容をある程度理解してから行かれることをオススメします。その方が、間違いなく楽しめるはずですから。それと、エンドロールの途中で帰らないように。この映画のラストシーンは、長いエンドロールの後にやってきます。

ところで、私は1作目のときから、「『パイレーツ・オブ・カリビアン』の真の主役はウィル・ターナーで、ジャック・スパロウは個性が物凄く強い脇役だ」という意識で『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズを見てきました。実際、シリーズ3作通じて物語の核心はウィルとエリザベスの恋愛模様ですよね。

当初からウィル・ターナーが主役だったのに、ジャック・スパロウの人気が思いがけず沸騰したために、『デッドマンズ・チェスト』以降はジャックの個性を前面に押し出して宣伝していただけですよね。どうも、「主役ってジャック・スパロウだよね?ジャックの出番が少なくて不満」という意見があるようなので、「1作目のときから主役はウィルだろう」とあえて言ってみます。

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2007年6月11日 (月)

私の文献探索手段

歴史学に限ったことではないでしょうが、先行研究をまとめることは、どの学問分野においても大なり小なり必要となってくることでしょう。その作業だけでも、実は結構大変です。先行研究の探し方は人それぞれだと思いますが、ここでは私の文献探索手段のうち、主なものを紹介してみたいと思います。

①書籍・論文の参考文献を芋づる式にたどる
これはもっとも基本的な方法で、誰もがやっている探索手段でしょう。現在読んでいる文献に掲載されている参考文献のページ、あるいは今読んでいる論文の脚注を見て、そこで紹介されている文献を片っ端から探してみる方法。

例えば、野口武彦『長州戦争』(中公新書、2006年)という本を読んだとしましょう。その本には、参考文献として、久住真也『長州戦争と徳川将軍』(岩田書院、2005年)という研究書が紹介されています。さらに、その久住氏の著書の脚注には、奥田晴樹『立憲政体成立史の研究』(岩田書院、2004年)という本が紹介されています。このように、参考文献のページや脚注を利用することで、過去に遡って次々と文献を見つけることができます。

基本はこの作業の繰り返しなのですが、その作業を進める上で有効な作業が、以下のように色々とあります。

②『史学雑誌』の回顧と展望
『史学雑誌』の毎年5月号では、「回顧と展望」という特集が組まれます。これは、各時代・各分野ごとの昨年の研究成果(場合によっては一昨年のものも)を紹介・批評し、さらに今後の研究の進展に向けた展望を述べる企画です。

この「回顧と展望」を読むことで、1年以内の最新の研究成果を知ることができます。

史学科の学生さんなどは、卒論を書くときに『史学雑誌』の「回顧と展望」を読むよう先生に指示されたりすることでしょう。この作業をやることで、①の芋づる式方法にも結び付いていきます。

③各雑誌の文献目録
『史学雑誌』を再び例にとれば、5月号の「回顧と展望」のほかにも、毎号の巻末に文献目録が付いています。その部分をざっと見て、自分の関心に合致しそうなタイトルの文献(特に論文)を探す方法。ほかの学術雑誌についても同様に文献目録が付いている場合が多いです。

④岩田書院『地方史情報』『地方史文献年鑑』
地方の小さい雑誌に掲載されている論文などにも重要なものが少なくないのですが、それらは見つけるのに苦労します。その際、岩田書院が発行している『地方史情報』と『地方史文献年鑑』は大きな助けになります。国立国会図書館に納本されていない雑誌まで網羅しているところが強みです。

⑤辞典・事典類
辞典・事典類にも、参考文献を記載してあることがあります。吉川弘文館の『国史大辞典』は当然として、私が卒論を書いたときには、『日本近現代史研究事典』(東京堂出版、1999年)を大いに活用しました。ただ参考文献を羅列してあるだけでなく、近年の研究動向を的確にまとめてくれていたので、有益でした。

最近では、『日本史文献事典』(弘文堂、2003年)も有益だと思います。名前の通り、明治時代から2003年に至るまでの日本史の基本文献・重要文献が、学術書・一般書・全集・叢書・著作集・論文を問わず紹介されています。原則として著者自身が解説してくれている点が貴重です。

⑥ネット上での雑誌記事索引
国立国会図書館 雑誌検索・申込システム(NDL-OPAC)」や「NII-CiNii(国立情報学研究所) 論文情報ナビゲータ」では、雑誌論文や雑誌記事をキーワード検索できます。

例えば、「荘園」をキーワードに検索すれば、「荘園」がタイトルに含まれている論文を見つけることができます。また、「家永三郎」と入力すれば、家永三郎氏が書いた文章を見つけることができます。

自分が興味を持っているキーワードを適当に入力していると掘り出し物が見つかることがあるので、私はよく利用しています。後者は本文閲覧できる場合もありますし。

⑦書店で探す
新刊書店・古書店を問わず、自分の足で歩いて、面白そうな本を探すことです。新刊のものであれば、新刊予告のチラシなどもチェックしておくといいと思います。

⑧自分より詳しい人に教えてもらう
これは基本中の基本かもしれません。解説不要ですね。

⑨検索サイトで適当に検索する
これは、国立国会図書館 雑誌検索・申込システム(NDL-OPAC)などを利用することなく、グーグルなどの検索サイトで、興味のあるものや研究者をキーワードにして適当に検索する方法です。最近は大学などの学術機関が、自分の大学で発行している雑誌・紀要に掲載された論文をPDFで公開していることも多いので、この「適当に検索する方法」で、意外にそういうものを見つけてしまうことがあります。

実際、私は「尾佐竹猛」をキーワードにして検索していたら、偶然にも明治大学史資料センターにたどりつき、そこでこんなページを見つけてしまいました。明治大学の『大学史紀要』第9号で「尾佐竹猛特集Ⅰ」という特集を組んでいて、その論文がPDFで閲覧できたのです。これはラッキーでした。

⑩研究者データベース
研究開発支援総合ディレクトリ(ReaD)では、研究者・研究機関・研究課題・研究資源から、自分の興味に合った研究をしている研究者を探すことができます。例えば、「新選組」をキーワードにして検索したら、大石学氏など4名の研究者がヒットしました。

検索で出てきた研究者の著者や論文情報も見ることができるので、意外な掘り出し物が見つかることもあります。

以上が、私の文献探索手段の主なものですが、もっとも多く利用しているのが、①と②と⑥です。いずれにしても地道な作業なのですが、これらをうまく活用することで、最新の研究成果を見つけやすくなることでしょう。

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