新選組隊士 武田観柳斎について
東京都町田市の小島資料館に事務局を置く「三十一人会」は、会誌『幕末史研究』を年に1回発行しています。「三十一人会」というのは、新選組研究者が31人集まって会を発足させたことに由来するそうで、当時の会誌は『新選組研究』でした。現在は活動の幅を広げて、幕末史研究サークルという位置付けで活躍しているそうです。現在の会誌『幕末史研究』は、一般書店でも購入できます。
その『幕末史研究』の最新号(第42号)が今年のはじめに刊行されていたのですが、私は最近まで未チェックでした。つい最近ようやく確認して、その内容に興味深いものを感じたので、ここで取り上げてみます。ちなみに、『幕末史研究』第42号は「慶応四年特集」と銘打たれています。
『幕末史研究』第42号の目次を見ると、まず最初に掲載されていたのが、藤田英昭「新選組隊士 武田観柳斎について‐川村恵十郎宛書翰の紹介をかねて‐」という論文です。私は、藤田英昭氏の武田観柳斎に関する論文が掲載されていたことにびっくりしました。
新選組ファンの間では藤田英昭氏の名前は有名ではないかもしれませんが、中央大学大学院博士課程・徳川林政史研究所研究生という肩書きを持つ、幕末維新史研究者です。特に、「慶応元年前後における徳川玄同の政治的位置」(『日本歴史』658、2003年)という論文で有名な若手研究者です。
その藤田氏は、昨年刊行された松尾正人編『近代日本の形成と地域社会』(岩田書院)という本に、「八王子出身の幕末志士川村恵十郎についての一考察」という論文を発表していました。その論文で藤田氏は、国立国会図書館憲政資料室に所蔵されている「川村正平文書」(川村恵十郎に関連する史料)を発見したと述べていました(詳しくは、過去記事「新選組にも関連のある、多摩地域・多摩出身者の近代史」をご覧ください)。
その「川村正平文書」の中に、川村に宛てた武田観柳斎の書簡が含まれていて、それがきっかけで今回の『幕末史研究』への論文発表に至ったらしいです。もちろん、藤田氏が見つけた武田観柳斎の書簡は、初めて紹介されるものです。
藤田氏は論文「新選組隊士 武田観柳斎について」の中で、新発見の武田観柳斎書簡を紹介しつつ、一次史料に見える観柳斎の軌跡をたどっていきます。それと同時に、西村兼文の著作や永倉新八の回想録に描かれた観柳斎のイメージを無批判に受け入れることを慎み、一次史料を重視する必要性を強調しています。
藤田氏の論文に興味のある方は、『幕末史研究』第42号をお読みください。今回の武田観柳斎についての藤田氏の論文は、あくまで川村恵十郎の史料を検討する中での副産物と言うべきものかもしれません。しかし、アカデミズムの立場で今後も新選組を論じてくれる可能性のある若手研究者として、私は藤田氏の今後の研究に大いに期待しています。
『幕末史研究』42号にはほかにも、あさくらゆう「『ふところ手帳』と『公文書』―林家家臣・伊能矢柄を例として」、小島政孝「佐藤彦五郎の書簡 元治元年六月十九日」など、興味深い論考が掲載されています。
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