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2007年1月16日 (火)

ジミニー・クリケット‐星が認めた小さな「良心」の魅力

最近、『ディズニー・アート展のすべて』というタイトルのDVDとブルーレイディスクが発売されるという情報が明らかになりました。このニュースを聞いて、全国のディズニー大好き人間たちの中には、狂喜乱舞した人も少なくないと想像されます。実際、私もかなり興奮しましたから。

ディズニー・アート展には500点を超える作品が展示されていて、どれも素晴らしかったのですが、特に印象に残ったものの1つに、ウォード・キンボール氏(ディズニー伝説のアニメーター、ナイン・オールドメンの1人)が描いたジミニー・クリケットの原画がありました。鉛筆書きですが、今にでも紙の中から飛び出してきそうなぐらい躍動感のある様子で、しかもとても楽しそう。見ている私もジミニーの楽しそうな様子につられて、何だか楽しい気分になってニヤニヤし、しかも素晴らしいジミニーを見ることができた嬉しさから、さらにニヤニヤしてしまい…。とにかく、ディズニー・アート展の素晴らしい展示作品の中でも、私はとりわけジミニーの原画に引き込まれたのです。

ジミニー・クリケットは、世間的にはイマイチ知名度が高くないキャラクターですが、ディズニーファンにはよく知られたキャラクター。ディズニー映画『ピノキオ』(1940年)に登場するコオロギで、星の女神ブルー・フェアリー(東京ディズニーランドのエレクトリカルパレードに、先頭で登場しています)にピノキオの「良心」役(ピノキオに善悪を教える役目)に任命されたため、ピノキオを見守ることになりました。ディズニー映画の名脇役にして、ディズニー社を代表するキャラクターです。

昨年11月に刊行された、『歴史をつくったアニメ・キャラクターたち‐ディズニー、手塚からジブリ、ピクサーへ‐』(キネマ旬報社)という本の中で、著者のおかだえみこ氏(アニメ評論家)は、ジミニーの魅力を次のような言葉で、わかりやすく語られています。赤文字で、おかだ氏の言葉を引用してみましょう。

 ジミニーは魅力的だ。明らかにおとなであり、しかし完璧さとは程遠い。ピノキオが初登校する朝、さっそく寝坊して出遅れ、ピノキオが狐と猫にだまされるキッカケを作ってしまう。ピノキオが人形芝居のスターになれば複雑な顔でステージを見つめ、しかしフレンチ・カンカンの人形が出てくると眼鏡までかけてのり出す。座長ストロンボリに閉じ込められたピノキオを救おうと懸命になり、さらにまたまた狐と猫にだまされて極楽島へ渡るピノキオを追っていく。途中で自信を失い、これでは良心役失格だ、と身を引きかけるが、また思い直してピノキオを見守る。大きな活躍をするわけでなく、むしろ、ピノキオの脱線に次ぐ脱線にハラハラしながらついて行く平凡な存在。だのに、見る者の心にはしっかり残る。それほど魅力あるキャラクターだ。(『歴史をつくったアニメ・キャラクターたち』25ページ)

おかだ氏が上記引用文で述べている通り、映画『ピノキオ』を鑑賞した人の心には、ジミニーの姿が印象強く残ります。『ピノキオ』という映画では、巨鯨モンストロに飲み込まれたゼペットさんを必死に助け、命を落とすピノキオの姿や、そんなピノキオを認めた星の女神ブルー・フェアリーが、映画のラストでピノキオを人間の子供に変え、ゼペットとピノキオが本当の親子になる場面など、どれも感動的です。しかし、その感動的なラストに至るまで、ジミニーがピノキオをずっと見守り、努力していた様子もまた印象深いのです。

私が『ピノキオ』を初めて見たとき、意外に思ったのが、ゼペットさんがジミニーの存在を、映画の最初から最後まで一切知らないまま、映画が終わってしまうことでした。ピノキオがゼペットさんを助けようとモンストロに飲み込まれ、そこでピノキオとゼペットの再会があったときも、ジミニーはモンストロの中に入ることができず、ゼペットさんには会っていません。ピノキオが人間の子供になれたときも、ジミニーはゼペットさんたちと一緒に喜ぶのではなく、ほっとしてピノキオの元を去っていくのです。ゼペットさんは、ピノキオが自分を助け、そして人間になるまでの過程において、ジミニーがどんなに努力してくれたか知ることのないまま、映画は終わってしまうのです。

でも、映画を見た人は、ジミニーがどんなに頑張ったか知っています。だからこそ、『ピノキオ』を見た人の心にはジミニーが印象深く残りますし、ジミニーが名脇役と呼ばれるゆえんです。ジミニーの努力を見ていた星の女神は、ジミニーに「オフィシャル良心」のバッジを授けたのでした。ここで再び、おかだえみこ氏の文章を引用してみましょう。

 ゼペットはついにジミニーと会えなかった。その存在すら知らなかった。そして私の想像だが、人間となって復活した瞬間、ピノキオからも人形でいた時の記憶が消え、ジミニーのことは忘れ去られたのではないだろうか。たしかにジミニーはピノキオの行動をおろおろしながら見守る以外、何もできなかった。目覚しい助言や活躍もしなかった。しかし、やめなかった。逃げなかった。だまされ、後悔してはまたおいしい話の方へフラフラ行ってしまうピノキオを見捨てず、あきらめず、最後まで見守り続けた。星の妖精が評価したのはそこだろう。逃げずに見守る、それがどれほど努力の要ることか、星の妖精はわかっていたのだ。
 誰一人、感謝の言葉ひとつ、このコオロギに贈らなかった。けれども、それが何だろう。星が知っていてくれる。人間が見落とすほど小さなコオロギの、胸のバッジはおそらく我々の肉眼では見えまい。けれどいま、ジミニー・クリケットは誇り高く、バッジの輝く小さな胸を張るのである。
(『歴史をつくったアニメ・キャラクターたち』27ページ)

おかだ氏の、ジミニーの胸に輝くバッジは人間の肉眼では見えないサイズだろうという指摘は重いです。確かに、コオロギの胸にバッジが輝いていても、見えないかもしれません。そんなサイズのジミニーだからこそ、必死に努力していたにもかかわらず、ゼペットさんはジミニーの存在に全く気付きませんでした。でも、星の女神(おかだ氏の言う星の妖精)はちゃんとジミニーの努力を見ていました。映画『ピノキオ』を見た方も、ジミニーの努力が心に残ったはずです。だからこそ、ジミニーはバッジに誇りを持ち、ディズニーを代表するキャラクターになったのです。

そんなジミニー・クリケットというキャラクターを生み出したのが、冒頭で紹介したウォード・キンボール氏。彼が描いたジミニーの姿に、私が引き込まれたのも、当然と言えるかもしれません。

東京ディズニーランドや東京ディズニーシーにもジミニーは登場しますが、そんなに活躍している状態ではありません。私はそれを常々残念に思っていて、それこそジミニーが大活躍するショーでも開催してくれたらいいのになぁと、以前から思っています。ただし、主役としてではなく、重要な脇役、もしくはショーの進行役のような形で登場してくれたら、かなり嬉しいですね。そんな希望を、いつも星に願いをかけているのですが、まだ叶わない状況です。

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ディズニー・アート展

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