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2006年11月27日 (月)

新選組情報を読む-<士道>の虚構、<政治>の実態-

1週間前から、歴史学者の鶴巻孝雄氏のHP「鶴巻孝雄研究室」で、鶴巻氏の執筆による「新選組情報を読む-<士道>の虚構、<政治>の実態-」という文章が、PDFで公開されています。

これは、町田市立自由民権資料館の企画展「豪農たちの見た新選組―多摩に芽生えた政治意識」の際の記念講演を文章化したもので、町田市立自由民権資料館編『民権ブックス18 豪農たちの見た新選組』(町田市教育委員会、2005年)に収録されています。

私は『民権ブックス18 豪農たちの見た新選組』を所持してはいないのですが、いつか入手して読もうと思っていました。そう思いながらも入手に至らないうちに、その本に収録されている鶴巻氏の文章だけは、ネット上で読めるようになりました。何とも、ありがたいことです。

さっそく、鶴巻氏の上記文章「新選組情報を読む-<士道>の虚構、<政治>の実態-」を読んでみました。そこで鶴巻氏は、新選組と「士道」を安易に結び付けることは、新選組を正しく理解しているわけではないことを史料を引用しつつ説明し、むしろ新選組や近藤勇は政治運動に従事していたのだということを強調しています。また、京都市中の見廻りや浪士捕縛や、内部抗争や隊規違反者の粛清、あるいは魅力的な隊士個々人のエピソードは、新選組を論じる上での本質ではないのだとも述べています。私はこれらの鶴巻氏の意見に、基本的に同感です。

上記文章の冒頭で、鶴巻氏は、新選組が人々にどのような集団だと思われているのか、そのアンケート結果を紹介しています。それによると、「テロ集団」、「幕府の番犬」、「幕末のあだ花」、「誠」、「武士道」などのイメージで新選組を見ている人が多かったようです。政治集団とか思想集団としてイメージしている人は、あまりいなかったようです。

鶴巻氏も文章中で述べているように、最近は松浦玲『新選組』(岩波新書、2003年)、宮地正人『歴史のなかの新選組』(岩波書店、2004年)、大石学編『新選組情報館』(教育出版、2004年)など、歴史学者による新選組研究が相次いで公にされているため、上記アンケート結果のような新選組イメージは、徐々に改まりつつあると思います。しかしそれでも、新選組が政治集団あるいは思想集団として広く認知されるには、まだまだ時間がかかるのではないかというのが、私の正直な実感です。

新選組に興味がない人はいざ知らず、興味のある人には、せっかくネット上で全文を読むことができるようになった鶴巻氏の「新選組情報を読む-<士道>の虚構、<政治>の実態-」を読んでいただきたいと思います。ですが、新選組に興味がある人の多くは、鶴巻氏が新選組を論じる上で重要だと考える政治集団としての新選組に興味を示さず、結局は鶴巻氏が本質ではないと考える隊士個々人のエピソードや「士道」と結び付けた新選組像に興味を抱く人が多いのかなぁという懸念もします。

もしも、そうだとしたら、書店の新選組コーナーにはいつまでも「士道」・「誠」などを強調する新選組本が並び、新選組の政治集団としての面を強調した本はなかなか増えないのかと心配にもなります。出版社としては、同じ新選組の本でも、売れそうな本を積極的に作るでしょうからね。そうだとしたら残念なので、少しでも多くの人に、鶴巻氏の「新選組情報を読む-<士道>の虚構、<政治>の実態-」を読んでいただけたら幸いです。せっかく、ネット上で読めるようになったのですから。「鶴巻孝雄研究室」でPDFを閲覧できます。

余談ながら、鶴巻氏の上記文章には、近藤勇の書簡が多く引用されています。それを読むと、従来の幕末維新史研究および新選組研究に近藤の書簡が有効活用されてこなかったことが、勿体ないという気持ちになります。

また、「鶴巻孝雄研究室」では、元・新選組隊士の松本捨助の捕縛を伝える新聞記事を、新たに紹介しています。こちらも興味深いですね。

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コメント

鶴巻さんのサイトは新選組など多くの史料や情報を公開されていますね。この分野では何かと情報秘匿する傾向が強いですから、有難いことです。

さて、政治集団としての新選組、まさにそうだと思います。
近藤勇は一貫して長州処分問題に強硬な意見を主張しており、一会桑権力の一翼を担う政治家でもあると思います。

明治天皇の外戚である中山忠能の日記の慶応三年初期のあたりに、中山宅に山崎丞ら二人の新選組隊士が訪問したという記事があり、中山は将軍お目見えでない輩は面会を拒絶せよと家来に命じています。

近藤ら新選組が幕臣となるのは同年六月ですが、それまで上記のように堂上公家にも会えないなど、政治活動が制限されていたのを解消する目的もあったかもしれませんね。

投稿 桐野作人 | 2006年11月28日 (火) 01時18分

>桐野作人さん

コメント、ありがとうございます。
鶴巻氏のサイトは論文や史料を公開していて、とても便利でありがたいですよね。

近藤勇が「一会桑権力の一翼を担う政治家」というのは、宮地正人氏も強調されていることですね。彼の攘夷論や長州処分についての発言を見れば、彼や新選組が政治的活動を積極的にしていることは一目瞭然です。

中山忠能の対応と、新選組の幕臣化のタイミングは興味深いですね。確かに、因果関係を疑ってしまいます。

投稿 パルティアホースカラー | 2006年11月28日 (火) 20時28分

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