昭和初期、日本でのミッキーマウス人気-『ミッキー忠助』・『ミッキーの活躍』など-
ミッキーマウスのデビュー映画『蒸気船ウィリー』がアメリカで公開されたのは、1928年。日本の元号で言えば、昭和3年です。その後、1935年には、ミッキーマウス・シリーズ初のカラー作品として、『ミッキーの大演奏会』という映画が公開されました。その年は日本の元号で言えば昭和10年。
ミッキーマウスが誕生した1928年から、『ミッキーの大演奏会』が公開された1935(昭和10)年までの間に、ミッキーはアメリカですでに人気者となっていました。では、その時代の日本では、ミッキーマウスは人々にどのように認識されていたのでしょうか。私は今まで、そのことについて無知で、ちゃんと調べたこともありませんでした。
たまたま、まんが原作者の大塚英志氏と評論家の大澤信亮氏の共著である『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』(角川oneテーマ、2005年)という本を読んでいたら、上記の話に触れている箇所がありましたので、それを紹介してみたいと思います。
『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』によれば、ベティ・ブープやミッキーマウスのアニメーションの流入とそのブームが、昭和5~8年ごろの日本で起きたそうです。それに呼応する形で、『のらくろ』のブームが起きたとか。ミッキーマウスを始めとするハリウッドのアニメーションが、日本の漫画に、特に「キャラクター」という概念を浸透させる上で大きな影響を与えたそうです。ミッキーマウスのアニメが入ってくるまで、日本の漫画には「キャラクター」という概念が希薄だったということですね。
興味深いのは、そのようなミッキーマウス人気に便乗して、日本の漫画の中にミッキーマウスやミッキーマウスまがいのネズミが登場し始めたことかもしれません。もちろん、ディズニー社の版権を取得しているわけでもなく、勝手に使っているのです。
例えば、廣瀬しん平氏が昭和9年に描いた『ミッキー忠助』という漫画は凄いです。この漫画の全部を私は読んだことはありませんが、『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』に部分的に掲載されています。それを見ると、日本の黒いネズミが、人気者ミッキーマウスの着ぐるみを自分で作って、それを着て「うれしい~」と喜んでいるのです。つまり、『ミッキー忠助』なる漫画は、ミッキーマウス本人ではなく、ミッキーマウスの着ぐるみを着た日本のネズミが活躍する漫画だということなのです。
他に、同じく昭和9年刊行の、謝花凡太郎(しゃかぼんたろう)氏による『ミッキーの活躍』という漫画が紹介されています。この漫画は、日本の漫画キャラクターが、ミッキーマウス一行を日本の港で迎えるシーンが冒頭に描かれているようです。
その『ミッキーの活躍』の冒頭シーンが、『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』の39ページに掲載されていまして、見ることができます。日本のキャラクターの歓迎を受けているのは、ミッキーマウス、ミニーマウス、プルート、ホーレス・ホースカラー、クララベル・カウです。みんな、それぞれセリフを喋っているのですが、それがまた凄いセリフです。何と、プルートまで喋っています。
そのミッキーたちが喋っているセリフを、以下に赤文字で引用してみます(孫引きになってしまいますが)。ただし、原文には句読点がないため読みにくいので、私の方で句読点を補います。
まずは一行の代表であるミッキーから。次のようなセリフを喋っています。
諸君、盛大なる御歓迎をうけまして、僕全く嬉しくてたまりません。只今マイクロホンを通して全国の愛読者諸君に御挨拶が出来るといふのは、実に愉快であります。
以上が、ミッキーのセリフ。何とも堅苦しいことを話していますね。
次は、ミニーのセリフです。
私はミンニー。皆さん宜しく御願い致します。
ミニーは自分のことを「ミンニー」と自己紹介しています。
次は、プルート。基本的に言葉を喋らないプルートが喋るだけでも驚きなのに、内容がまた凄いです。
僕はプラト。皆さん可愛がって下さいよ、ウヘヘヘヘ。
「ウヘヘヘヘ」って、いくら何でも怪しいですよね、プルート。
次はホーレス・ホースカラー。
何とクララベルさん、盛んな歓迎だね、アリャリャ活動写真を撮ってるぜェ。
「活動写真」というのは、要するにビデオカメラで撮影しているということですね。
最後に、クララベル・カウ。
オヤマア、私やお化粧をしとくんだったよ、オホホホ。
クララベルは、何ともおばさんっぽい喋り方ですね。
ともかく、昭和9年には、上記のような漫画が描かれるほど、日本にもミッキーマウスの影響が入ってきていたということですね。ディズニーアニメと言えば、今では『白雪姫』や『美女と野獣』などの長編作品の印象が強いですが、『白雪姫』すら製作されていない戦前では、ディズニーのアニメと言えばミッキーマウス・シリーズやシリー・シンフォニー・シリーズといった短編映画だったわけですね。その影響が、昭和初期の日本にまで来ていたというお話でした。
ちなみに、ミニーが自分のことを「ミンニー」と言っていたり、プルートが「プラト」と名乗っていることに違和感を感じる方もいるかもしれません。でも、昔の日本では、そのように表記されることが、結構普通だったのかもしれません。例えば、幕末の話になってしまいますが、日本を開国させたペリーという人物について、当時の日本人は彼のことを文章の中で「ぺるり」と表記していますし、「グラバー」という人物のことは「がらば」もしくは「ガラバ」と表記している日本人が多いですから。
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コメント
白雪姫が、よろしければ違和感と怪しいです漫画とかをレスしなかったの?
投稿 BlogPetの内蔵太 | 2006年10月14日 (土) 13時30分