坂本龍馬・土方歳三・沖田総司と歴史学
1985年に新人物往来社から発売された『別冊歴史読本-坂本龍馬の謎-』に、歴史学者・小西四郎氏(元東京大学教授)の、「坂本龍馬とその時代」という論考が収録されています。その文章の中で小西氏は、幕末を舞台に活躍した志士たちのうち、最も人気がある人物として、坂本龍馬と新選組の土方歳三・沖田総司の3人を挙げています。
小西氏が幕末の人気者として坂本・土方・沖田の3人を挙げたのは1985年で、今から約20年前のことです。しかし、坂本・土方・沖田の3人が幕末の人気者であるという状況は、恐らく現在でもそれほど変わりはしないだろうと、私は思っています。
この3人が幕末の人気者になった背景としては、まず間違いなく司馬遼太郎氏の小説の存在が大きいと言えるでしょう。坂本龍馬は『竜馬がゆく』、土方歳三と沖田総司は『燃えよ剣』や『新選組血風録』で、一躍ヒーローとなった感があります。その後も、この3人は、様々な小説やドラマなどの創作物の中で、ヒーローとして描かれて現在に至ります。いわば、エンターテインメントの世界で、坂本・土方・沖田はヒーローとして扱われていることが多いのです。
ただ、同じ人気者でも、坂本龍馬と、新選組の土方歳三・沖田総司の間には、大きな違いがあります。仮に、歴史学という学問の世界において、歴史学者たちの研究対象として取り上げられる機会が多い人物をヒーローだとした場合、坂本龍馬はヒーローと言えるかもしれませんが、土方歳三や沖田総司は決してヒーローとは呼べないでしょう。エンターテインメントの世界ではヒーローである土方や沖田も、学問の世界では必ずしもヒーローではないということです。
それを証明するかのように、冒頭で紹介した小西四郎氏は、坂本龍馬の人気があることは理解できるけれど、土方歳三や沖田総司が人気者なのは理解できないという趣旨のことを述べています。多分、小西氏に限らず、他の歴史学者たちの中にも同様なことを述べる人が少なくないのではないかと思います。何故なら、坂本龍馬を研究した歴史学者は多いのですが、土方や沖田を本格的に研究した歴史学者は多くないからです。
例えば、坂本龍馬についての著作や論文を持つ主な歴史学者としては、平尾道雄、池田敬正、飛鳥井雅道、山本大、井上清、芳即正、松浦玲、マリウス・B・ジャンセンなどがいます。なかでも、平尾氏やジャンセン氏、あるいは井上清氏などは、司馬遼太郎氏の『竜馬がゆく』が出る前に龍馬論を発表しているので、坂本龍馬の研究は『竜馬がゆく』以前から盛んだったと言えます。
一方で、土方や沖田の研究が歴史学者の間で盛んだったとは言えません。平尾道雄『新撰組史』が出たのが1928年、その改訂版の『新撰組史録』(育英書院)が出たのは1942年。その後、歴史学者による本格的な新選組論が出されたのは、2003年になってからで、それが松浦玲『新選組』(岩波新書)です。歴史学者による新選組研究はただでさえ少ないのに、その中でさえ、メインの研究対象は土方や沖田ではなく、近藤勇です。
歴史学の世界における坂本龍馬と、土方歳三・沖田総司の扱いの違いは、どこから来るのでしょうか。それは、幕末政治史の中での重要度や残された史料によるところが大きいような気がします。
坂本龍馬の特徴として、幕末の主要な政治家・思想家との交流が挙げられます。坂本龍馬が関わった主な相手としては、幕臣では勝海舟・大久保一翁、公家では岩倉具視や三条実美、薩摩藩では西郷隆盛・大久保利通・小松帯刀、長州藩では高杉晋作・木戸孝允・広沢真臣・久坂玄瑞、土佐藩では後藤象二郎・武市瑞山・中岡慎太郎、越前藩の松平春嶽、肥後藩の横井小楠などが挙げられます。坂本はこれらの人脈を利用して、薩長同盟の仲介に成功しました。
また、坂本龍馬は書簡を140通近く残していて、それらは幕末史を研究する上での貴重な史料になっています。それらに政局の興味深い動向が記されていることも少なくありません。海援隊という組織について考えるときも、リーダーの坂本龍馬を中心に考察されることが少なくありません。
その一方で、土方・沖田は、2人合わせても40通ほどの書簡しか残していないばかりか、その手紙の中でも、新選組全体の思想や動向を知るのに充分な内容を記してくれていません。最近は、新選組は一会桑政権の有力な構成要員という認識が出てきているので、新選組という組織の分析は幕末史研究の進展に有意義だと考えられます。しかしながら、新選組という組織を知るには、新選組のリーダーで、土方・沖田とは違って長い手紙を何通も書いている近藤勇が、主たる分析の対象となるのです。海援隊という組織を知るためには坂本龍馬を分析しなければならないのと同様、新選組を知るためには、土方歳三や沖田総司よりも、近藤勇を分析しなければならないのです。
要するに、土方や沖田よりも坂本の方が、学者の研究意欲をそそる可能性が高いということですね。その点で、歴史学という学問の世界においては、坂本龍馬はヒーロー(研究対象に選ばれることが多いという点で)になりえても、土方歳三や沖田総司をヒーローとは呼び難いことの理由です。
この点、エンターテインメントと学問の区別が付いていない方、あるいはエンターテインメントで得た知識だけで学問まで語ろうとする方に、わかっていただきたいですね。エンターテインメント(小説やドラマなど創作物)の世界でヒーローであっても、学問の世界では必ずしもヒーローにはなりえません。逆もまた然りで、学問の世界では頻繁に登場する人物が、エンターテインメントの世界ではヒーローになれない場合も多いということが言えます。
新選組を知るために分析必須と歴史学者に思われている近藤勇が、一般的には土方歳三や沖田総司より人気がないことなど、その例と言えるかもしれません。
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コメント
こんにちは。
いつもこちらのブログを興味深く拝見いたしております者です。
今日の記事も、ことのほか共感しながら拝読させていただきました。
しかしながら、最後の「分析必須と歴史学者に思われている近藤勇が」という部分ですが、彼をそういう風に捉えられている方は、まだそれほど多くはないように思われてなりません。
確かに以前に比べると、近藤の挙動や思想について言及しているものは格段に増えはしましたが…。
投稿 一読者 | 2006年9月 7日 (木) 15時47分
>一読者さん
コメント、ありがとうございます。
いつも読んでくださっているとのことで、大変嬉しく思います。
ご指摘の箇所ですが、確かにおっしゃるとおりですね。その部分に関しては、私の書き方が良くなかったと思います。
「分析必須と歴史学者に思われている近藤勇」ではなく、「新選組に興味を持っている歴史学者に、新選組の中で最重要視される傾向が強くなっている近藤勇」という程度の意味合いだとお考えください。「分析必須」は明らかに言い過ぎでした。私の推敲不足です。
ご指摘をいただいて、どうもありがとうございます。精進いたしますので、今後ともよろしくお願い致します。
投稿 パルティアホースカラー | 2006年9月 7日 (木) 20時04分
どうも、来栖です。
小西四郎と言えば、以前こちらのブログでも紹介されていた中央公論社の『日本の歴史19 開国と攘夷』の中で、久坂玄瑞好きを公表していましたが、自分が久坂に好意を持つことと、久坂のような熱血直情型志士達を歴史学的に評価するという事は別というようなニュアンスのことを書いていたのを思い出します。単なる感傷から彼等の行動に拍手を送るのは如何なものか?というような感じだったと記憶しています。
同書の中で近藤 勇について、割と評価するようなことが書かれていたので、同書が執筆された当時から、近藤を部分的に評価する歴史学者は存在していたのだなぁ…と思ったのと同時に、土方や沖田について特に評価するような記述もなかったように記憶しているので、昔から歴史学者にとっては、土方や沖田は扱い難い人物だったのかもしれませんね。
しかし、龍馬と土方・沖田を比較するという事自体、何となく、小西四郎が考えた案というより、発売元の新人物往来社編集部内で浮上した案なのでは?と思ってしまいます。編集部のゴリ押しで「土方、沖田についても何か書いて下さいね~。」と言われて困惑する小西御大の姿が想像されます。
>この点、エンターテインメントと学問の区別が付いていない方、あるいはエンターテインメントで得た知識だけで学問まで語ろうとする方に、わかっていただきたいですね。
本当にその通りだと思います。いかんせん、龍馬にしろ、新選組にしろ、エンターテイメントの世界でムチャクチャなことになっているうえ、そのエンターテイメントを読んだり観たりして龍馬や新選組を好きになった人は、なかなかエンターテイメントの呪縛から離れられない傾向があると思います。それどころか、エンターテイメント上の龍馬像や新選組像を壊したくないがために、歴史学を否定する方向に行く人もいるんですよ!そういう人でもフィクションと史実の区別がついていればまだ救われるのですが、原理主義のようになってしまうと恐いです。
最近は何でも原理主義化する傾向があるので、龍馬原理主義とか、新選組原理主義とか、司馬遼太郎原理主義が大きくならないことを願うばかりです。
投稿 来栖ムツキ | 2006年9月 7日 (木) 20時37分
>来栖ムツキさん
コメント、ありがとうございます。
小西氏は『日本の歴史19開国と攘夷』の中では、久坂以外にも幕末の志士の好き嫌いを述べていたような気がしますね。
ただ、小西氏本人が言うように、個人的な好意と歴史学的な評価は別物ですよね。その点、学者でも分けて考えることに失敗して、「その評価はちょっと贔屓し過ぎだろう」と感じることもありますが。例えば中公新書に入っている毛利敏彦氏の『江藤新平』など、「江藤を贔屓し過ぎ」という批判がありますね。
龍馬と土方・沖田を比べることは、確かに小西氏よりも新人物往来社の意向が入っているのではないかと勘ぐりたくもなりますね。新人物往来社なら本当にありえそうな気がしますから。
エンターテイメントは魅力的な龍馬や新選組を生み出してはいますが、必ずしも実像ではないですよね。むしろ、虚像の場合がほとんどかと思います。私も、それをわかって好きになっていれば別にいいと思います。
でも、歴史学を否定する方向に行く人がいるであろうことは想像できます。虚像を、「実像とは違うかもしれない」と疑問に抱くことすらなく実像だと信じて、それに傾倒している人には、歴史学は自分が傾倒している素晴らしいものを貶める存在にしか見えないのかもしれませんね。
恐らく、司馬遼太郎が絶対だという人も存在することでしょう。そういう人には、「○○という学者が司馬さんとは違う説を唱えているよ」とか、「歴史の教科書には司馬さんとは逆のことが書かれているよ」とか、「司馬さんの作品は小説だから、意図的に事実とは違うことを書いている場合もあるよ」とか言ったところで、聞く耳を持ってくれないでしょうね。どんなものであれ、原理主義は怖いです。
投稿 パルティアホースカラー | 2006年9月 8日 (金) 21時32分