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2006年7月17日 (月)

吉岡孝氏による新選組論

菊地明編『土方歳三、沖田総司全書簡集』(新人物往来社、1995年)という史料集が出版されていることからもわかるように、新選組研究家や新選組ファンの多くは、新選組隊士の中でも土方歳三や沖田総司を好んでいる方が多いようです。

その一方で、新選組に興味を持つプロの歴史家たちは、新選組研究に最も重要なのは近藤勇の書簡だと考え、近藤勇に興味を抱く傾向があります。松浦玲氏・宮地正人氏・鶴巻孝雄氏・中村武生氏あたりが代表的でしょう。

ところが、そのような傾向がある中で、歴史家の吉岡孝氏は異色と言えるかもしれません。吉岡氏も新選組を研究対象に据えている歴史家の1人ですが、新選組隊士の中で最も興味のある人物は他の歴史家たちとは異なり、近藤勇ではありません。ましてや土方歳三や沖田総司でもありません。吉岡氏が最も興味があるのは井上源三郎だそうです。吉岡氏のエッセイ「新選組井上源三郎と八王子千人同心」(『歴史書通信』No.152、2004年)を参照しました。このエッセイについては、歴史書懇話会のコチラのサイトで、全文をPDFで読むことができます。

吉岡氏が井上源三郎に興味を抱く理由は単純明快です。井上源三郎の家は八王子千人同心の家系なのですが、吉岡氏は『八王子千人同心』(同成社、2002年)という本を出している研究者だからです。つまり、吉岡氏は自分が八王子千人同心の研究をしている関係で、八王子千人同心の家系に生まれた井上源三郎に興味を持っているわけです。

ちなみに、吉岡氏の著書『八王子千人同心』は、第六章第三節のタイトルを「新撰組と武士意識」と題して、千人同心が持っていた「百姓の抵抗意識としての武士意識」が、千人同心周縁にいた新選組にどのように引き継がれていったのかを検討しています。

吉岡氏は八王子千人同心の研究者としての立場から、他の歴史家たちとは異なる観点から、新選組研究を行っています。浪士組に参加した後の新選組中核メンバーの中で、正式に「浪人」と呼べる人物は近藤勇のみで、他のメンバーは「偽浪人」であって、新選組は「偽浪人」の集団だという主張は、他の歴史家たちには見られない気がします。分析手法が独特なので、私は面白いと思っています。

最近、そんな吉岡氏の書評「大石学編『新選組情報館』」(『関東近世史研究』第58号、2005年)を読みました。タイトルどおり、大石学編『新選組情報館』(教育出版、2004年)の書評です。

この書評の中で吉岡氏は、新選組の史料情報など基礎的情報の共有化、および新選組を歴史的に位置付けることの必要性を訴えるという大石学編『新選組情報館』の目的について、一定の成果を収めているという高い評価を与えています。

吉岡氏は、論文執筆の際などには史料の出典を注記することが当たり前の歴史家たちに比べて、新選組研究をリードしているアマチュア研究者たちには出典を明記するという職業的習慣がないため、新選組の史料についての情報が、新選組に興味を抱く研究者すべてに共有されておらず、新選組研究の進展を阻害している状況を指摘します。くわえて吉岡氏は、プロの歴史家たちが新選組を無視しつづけてきたため、新選組の基礎的情報の共有化がなされていないという状況が継続する要因になってしまったとも主張しています。そして、大石学編『新選組情報館』は、そのような状況を打破する上で大きな役割を果たすものだと高く評価しているわけです。

特に吉岡氏は、新選組研究の発展(新選組を歴史的に位置付ける作業)のためには、アマチュア研究者だけではなく、プロの歴史家が新選組に関心を持つことが必須だとの考えを強調するため、高橋敏氏の次のような文章を引用しています(引用は赤文字部分)。

かつて稗史と呼ばれる歴史があった。お上の「正史」の向こうを張って博徒・侠客、浪人、漂白の宗教者・芸能者などアウトローが活躍する歴史である。(中略)正史と稗史の乖離こそが歴史を不幸なものにしている。アカデミズムや公教育の場で正史の正当性を啓蒙、強制すればするほど、人々の歴史離れは加速し、虚構を今に映す時代小説やテレビ、映画に人々はやすらぎを求めることになった。
(高橋敏「何故、今アウトローの幕末維新史か」『民衆文化とつくられたヒーローたち』国立歴史民俗博物館、2004年、6ページ)

高橋氏の上記の文章を引用した吉岡氏の言いたいことは、新選組の歴史が「稗史」の一種だったということです。そして、アカデミズムに属する歴史家たちも、「稗史」の世界に閉じ込められていた新選組を、歴史学の立場から語り直すことが必要だと言いたいわけです。「人々の歴史離れ」などの問題を本気で解決しようと思うのであれば、歴史家は新選組の研究をアマチュア研究者だけに任せるのではなく、自分たちで率先して行うべきだと主張しているわけです。この吉岡氏による大石学編『新選組情報館』の書評は、『関東近世史研究』第58号(2005年)に掲載されています。

上記のような吉岡孝氏の言葉が多くの歴史家に届き、新選組の研究を始める歴史家が増え、面白い新選組研究が増えてほしいと、私は願います。もちろん、分析視点が興味深い吉岡氏自身の新選組研究にも、期待しています。

参考文献
・大石学編『新選組情報館』教育出版、2004年
・高橋敏「何故、今アウトローの幕末維新史か」国立歴史民俗博物館編『民衆文化とつくられたヒーローたち』国立歴史民俗博物館、2004年
・吉岡孝『八王子千人同心』同成社、2002年
・吉岡孝『江戸のバガボンドたち』ぶんか社、2003年
・吉岡孝「幕末の浪人集団と新選組」『歴史読本』第49巻第3号、2004年
・吉岡孝「新選組井上源三郎と八王子千人同心」『歴史書通信』No.152、2004年
・吉岡孝「新選組隊規の背景―条目に秘められた浪人集団からの脱却」『歴史読本』第49巻第12号、2004年
・吉岡孝「大石学編『新選組情報館』」『関東近世史研究』第58号、2005年

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コメント

どうも来栖です。

 『八王子千人同心』は未読でしたので、興味深く記事を拝読致しました。多摩地域の歴史のなかで、八王子千人同心という存在は非常に重要なものと思われます。武田信玄の時代と新選組の時代を繋げるブリッジであるわけですが、このブリッジがなければ新選組はまた違った形であったかもしれません。吉岡氏の著書は『江戸のバガボンドたち』しか読んだことがないのですが、『八王子千人同心』はより学術書的色彩が濃いのでしょうか?ぜひ、読んでみようと思いました。

 吉岡氏の主張には、全面的に同意です。そして、高橋氏の主張にも全面的に同意です。
そして、

>アカデミズムや公教育の場で正史の正当性を啓蒙、強制すればするほど、人々の歴史離れは加速し、
>虚構を今に映す時代小説やテレビ、映画に人々はやすらぎを求めることになった。

このことを、新選組愛好者として実感しています。当方のような新選組のことが好きな人間が言うのはおかしいかもしれませんが、新選組が人気を集める理由の一端は、正史からはじかれ、アカデミズムから無視されてきたことと無関係ではないと思うので、逆にアカデミズムの研究者達がちゃんと他の同時代の人物・組織と同様に学術的に新選組を研究していけば新選組の人気は落ち着くのではないかと思っているのです。
この点において、新選組を同時代の他組織と同様の方法で検討する試みをした平尾道雄は慧眼であったと思います。

 新選組の人気は突き詰めると、「バカな子ほど可愛い」という論理に行き着くと思うのです。なので、新選組を「バカな子」認定したり、はじいたりするのは、逆に世間の新選組人気を煽るだけだと思いますね。平尾道雄のように、新選組のような存在を「フツーの子」として扱い、特別視せずに歴史学の中に位置付け検討してゆく作業が進むことを願ってやみません。

 それと、参考文献一覧は助かります。結構、未読なものがあることに気付きましたので、図書館に行ってこようと思いました。

投稿 来栖ムツキ | 2006年7月18日 (火) 00時04分

>来栖ムツキさん

コメント、ありがとうございます。
吉岡氏の『八王子千人同心』は、「同成社江戸時代史叢書」と銘打たれていますので、『江戸のバガボンドたち』よりも、学術書的色彩は多少濃いと言えそうです。
ただ、ページ数も約200ページで値段も2,300円、詳細な脚注が付されているような論文集のスタイルではありませんので、本格的な学術書とまでは言えません。でも、興味深い事象について細かい分析を行っていますので、読み応えはあります。
『江戸のバガボンドたち』を興味深く読まれた来栖ムツキさんなら、『八王子千人同心』も興味深く読めると思いますよ。第二次長州征討に参加した千人同心の話など、興味深いです。

新選組人気の一因が、アカデミズムによる新選組の無視という意見には同感です。数年前まで、新選組を学問の対象と見なして研究する学者は非常に少なかったわけですが、それが逆に「新選組というのは、小難しい学問の研究対象」ということが認識されるようになれば、新選組人気は落ち着くかもしれませんね。
昭和初年で新選組をキッチリ分析していた平尾道雄氏は凄いですよね。同様の作業をする研究者がすぐに増えなかったのが残念です。

投稿 パルティアホースカラー | 2006年7月18日 (火) 20時20分

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