桐野作人「龍馬遭難事件の新視角」
5/24に新人物往来社から発売された、『歴史読本』第51巻第10号(2006年7月号)に、歴史作家である桐野作人氏の、「龍馬遭難事件の新視角-海援隊士・佐々木多門書状の再検討-」という論考が掲載されました。
その文章が発売されたばかりの『歴史読本』に掲載されたという情報は、このブログに桐野氏自身からコメントをいただいて知りました。「研究」としての側面が強い桐野氏の文章を読むと、数多くの史料や先行研究を非常によく検討されているのが伝わってきて、論旨に説得力を感じることが多いです。なので、今回の坂本龍馬暗殺事件についての文章も期待しながら読んだのですが、期待を裏切らない内容でした。
坂本龍馬暗殺の犯人は断定されていないのが現状ですが、幕末を主たる研究対象にしている学者たちの間では、「龍馬暗殺犯は幕府見廻組で、ほぼ間違いない」という共通認識ができています。つまり、龍馬の暗殺犯は見廻組という見方が、幕末研究者の間では定説になっているのです。それについては、私も「龍馬暗殺について~歴史学者(幕末政治史研究者)の意見を参照することのすすめ~」という記事で、以前述べました。
しかし、近年では、龍馬暗殺の黒幕に薩摩藩の西郷隆盛や大久保利通がいるのではないかという説を唱える人が増えてきました。そのような説を唱えている人々の多くは作家や在野の歴史研究家であって、歴史学者ではないということも上記の過去記事で述べたのですが、自分で歴史を研究しているわけではない一般の人々には、「龍馬暗殺の黒幕は薩摩」という説がかなり広まってしまっているのも現状のようです。
その一方で私は、「龍馬暗殺に薩摩が関与しているわけがない」という考えを昔から一貫して持ち続けています。そのため、薩摩黒幕説を信じてしまう人が少なくない状況を憂慮して、上記の過去記事と「坂本龍馬・中岡慎太郎暗殺前後の政局‐史料の中に見える薩摩藩士たちの言葉‐」という記事で、薩摩が龍馬暗殺に関与している可能性は低いという見解を披露しました。
私は薩摩黒幕説には全く賛同できません。そのように考えられる根拠は少ないと思うからです。しかし、薩摩黒幕説を主張する方々も、全く根拠なしに面白がって「龍馬暗殺の黒幕は薩摩」と言っているわけではないようです。薩摩黒幕説を主張する方は、そのような説を唱えるのに十分な根拠があると思っているからこそ、主張しているのでしょう。桐野作人氏の今回の論考も、それにまつわるものです。
薩摩黒幕説の根拠として、しばしば海援隊士・佐々木多門の書状が取り上げられます。その書状は龍馬暗殺の約1カ月後に書かれたものですが、その中の一部分を取り上げて、「この佐々木多門の書状は、龍馬暗殺に薩摩が何らかの形で関与したことを示唆している」と主張しているのです。その佐々木多門書状の問題の部分を少しだけ、以下に引用してみたいと思います。引用は、宮地佐一郎『中岡慎太郎』(中公新書、1993年)から行い、引用部分を青文字で記します。
才谷(龍馬)殺害人姓名迄相分かり、是ニ付、薩藩之所置等種々愉快之義之有り
(宮地佐一郎『中岡慎太郎』238ページ)
引用文中の「薩藩」が薩摩藩のことです。薩摩黒幕説を主張する人々の多くは、上記引用文をもって、龍馬暗殺事件(いわゆる近江屋事件)に薩摩が関与していた証拠とする場合が少なくありません。しかし、私はそのような見方には異論があります。しかし、それについて桐野作人氏は、冒頭で紹介した「龍馬遭難事件の新視角-海援隊士・佐々木多門書状の再検討-」という論考の中で、私が小躍りして喜びたくなるぐらい同意見の見解を述べてくれました。その部分を、以下に赤文字で引用してみます。
佐々木多門書状は全文が公開されることはなく、龍馬遭難の記事がある一部分のみがクローズアップされたきらいがあった。私はその部分を読むかぎり、薩摩藩の関与を示しているとは思えず、むしろ、薩摩藩が近江屋事件の真相究明に努力したという逆の趣旨ではないかと推測したが、なかなかそれを検証する機会がなかった。
(『歴史読本』2006年7月号、229ページ)
上記の桐野氏の意見に、私は全く同感です。桐野氏の論考さえ読んでいただけたら、私は何も言うことがありません。桐野氏は上記のような問題意識を持ち、しばしばクローズアップされる龍馬遭難についての記述がある書状(さきほど青文字で部分的に引用した書状)を含む、数種類の佐々木多門書状の全文を検討したようです。その結果としては、やはり薩摩藩が龍馬暗殺に関与したと考えるのは無理があるようです。桐野氏の論考は非常に興味深い内容を含んでいて、なおかつ説得的です。
佐々木書状の宛名に書かれている「岡又蔵」とは何者なのか、岡の主人と思われる「松平主税」とは誰なのか、そして、そもそもほとんど名前が知られていない海援隊士・佐々木多門とは一体誰なのか…などなど、桐野氏は興味深く、説得力のある議論を展開しています。龍馬暗殺事件に少しでも興味のある方には、ぜひとも桐野氏の最新の論考を読んでいただきたいと思います。
桐野氏の最新の論考が掲載された『歴史読本』第51巻第10号(2006年7月号)は、まだ発売されたばかりですので、これ以上のネタバレは避けます。興味のある方は、今すぐ書店に行きましょう。桐野氏の最新の論考のタイトルは、「龍馬遭難事件の新視角-海援隊士・佐々木多門書状の再検討-」です。「短期集中連載」ということなので、私は今から続きが楽しみです。
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