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2006年5月30日 (火)

ダックテイルズ

_09_1今日、『ダックテイルズ』のビデオを借りてきました。『ダックテイルズ』とは、ドナルドダックのおじさんであるスクルージ・マクダック(写真右)と、ドナルドの甥っ子であるヒューイ・デューイ・ルーイの3人が活躍するTVアニメです。今は地上波では放映していませんが、私が子供の頃(小学生の頃)は、確かTV東京で放送していたと思います。

『ダックテイルズ』が地上波で放送していた頃、私は『ダックテイルズ』をほとんど観ていませんでした。何故なら、私は今でこそディズニーファンですが、それはここ数年のこと。昔の私は、今のようなディズニー好き人間ではなかったのです。だから、『ダックテイルズ』が放送していることは知っていましたが、それほど強い興味を抱かなかったのです。

もう1つ、『ダックテイルズ』を観ようとしなかった理由があります。その理由とは、スクルージ・マクダックをドナルドダックのニセモノだと思い込んでしまったことによります。今から考えると突拍子もない理由ですが、子供の頃の私はそんなくだらない思い込みによって、『ダックテイルズ』を観ない選択をしたのです。その思い込みは、私がドナルドダックに強い愛着を持っていたことも原因のようです。

『ダックテイルズ』が放送していた頃の私はディズニー好き人間ではありませんでしたが、それ以前の幼少時代には、ディズニーの短編アニメをよく観ていて、特にドナルドダックに愛着を持っていました。だから、ディズニー好き人間とは言い難い頃の私も、ドナルドのことは好きでした。

ドナルドダックの短編アニメというと、ドナルドと3人の甥っ子たちがドタバタ騒動を起こすような話が少なくありません。そのドナルドと甥っ子3人という組み合わせを印象深く感じていた私は、『ダックテイルズ』をチラッと観たときに、違和感を感じたのです。何故なら、そこに映っていたのは、ドナルドの甥っ子たち3人と、ドナルドではないけれどドナルドに似ている見知らぬアヒル(スクルージのことです)だったからです。

『ダックテイルズ』を初めて観たとき、私はスクルージのことを知りませんでした。だから、ドナルドの甥っ子たちと一緒にいるスクルージを観て、「このドナルドに似ているけれどドナルドではない謎のアヒルは、一体誰なのだろう?何故、ドナルドの甥っ子たちと一緒にいるのだろう?」と、不思議でなりませんでした。それ以上に、納得できませんでした。

後で色々と調べた結果、私が観た謎のアヒルの正体が、ドナルドのおじさんのスクルージ・マクダックだと判明しましたが、最初はそんなことわかるはずもありません。スクルージを初めて観た私は、スクルージを「ドナルドのニセモノ」だと思い込み、それ以来、ほとんど『ダックテイルズ』に興味を示すことがなかったのです。

子供の頃にスクルージをドナルドのニセモノだと思い込んでしまった私も、今ではディズニー全般に強い興味を抱くようになり、スクルージのことも大好きです。妙な思い込みで『ダックテイルズ』の視聴をやめてしまったことを、今では後悔しています。そして、ドナルドのニセモノ呼ばわりしてしまったスクルージおじさんに、謝りたい気持ちでいっぱいです。スクルージおじさん、ごめんなさい。

そんな私も、今では『ダックテイル ザ・ムービー』のDVDを所持しているほど、スクルージのことが大好きです。世界一の大金持ちのくせに、物凄いケチで、お金のプールで泳ぐことが日課で、しかし心優しい一面もある…面白いキャラクターじゃないですか、スクルージは。だから、今日も『ダックテイルズ』のビデオを借りてきました。

_17今日借りてきたビデオには2本の話が収録されていましたが、そのうちの1本目の話のタイトルは「スフィンクスの伝説」。ドナルドダック(写真左)が登場します。古代の王様の生まれ変わりとして誘拐されてしまったドナルドを救い出すため、スクルージとヒューイ・デューイ・ルーイたちが奮闘します。甥のドナルドのためにミイラと戦うスクルージおじさん、いい味出しています。

私はドナルドとスクルージの映像作品での共演というのはそれほど多くないように感じているので、今回のビデオを観ることができて良かったです。他の作品を観ていても思うのですが、ドナルドとスクルージのやり取りを観ていると、何となく和みます。これからも、映像作品でのドナルドとスクルージの楽しい共演が観られることに、期待したいと思います。

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2006年5月29日 (月)

ミニーマウスの真骨頂

_08ミッキーマウスの恋人であるミニーマウスについては、「ミニーマウスはワガママで気が強い、しかし、それがかわいい」という記事で、結構言いたい放題に語ってしまいましたが、今回も少しだけミニーの魅力について語ってみたいと思います。

巷では、ミニーマウスはかわいいキャラクターとして人気があるのだろうと思われますが、私は必ずしもそうは思っていません。いや、ミニーがかわいいキャラクターであることには私も異論を述べるつもりはないのですが、ミニー最大の魅力は単なる見た目や仕草のかわいさではないと考えているのです。

前掲過去記事の「ミニーマウスはワガママで気が強い、しかし、それがかわいい」でも述べましたが、私が思うミニー最大の魅力とは、気の強い性格です。時に、「怖い」と表現することも可能なほど怒ることも稀ではありません。

例えば、1947年公開の短編映画『ミッキーのダンスパーティー』で、そんなミニーの魅力が垣間見えます。この作品でミニーは、デートの約束をすっかり忘れて寝ていたミッキーに、電話で「あと15分で来なかったら、お別れよ!!」と、すごい勢いで言い放つのです。確かに、デートの約束を忘れていたミッキーが悪いので、ミッキーは責められて当然ですが、それにしてもミニーが「怖い」です。この作品については、前掲過去記事でも触れました。

他に、ミニー最大の魅力(と、私が考えるもの)が見られる作品として、1941年公開の『ミッキーのつむじ風』があります。この作品でミッキーは、ミニーが作っているケーキのおいしそうな匂いにつられて、ミニーの家にやってきます。ミッキーは、庭掃除をすることでケーキを食べさせてもらえるようミニーと約束しました。懸命に庭掃除をするミッキー。しかし、そこへやってきたつむじ風の子供がミッキーにちょっかいを出してきて、ミッキーVSつむじ風のバトル開始。しまいにはつむじ風のお母さん(物凄く巨大)まで出てきて、ミッキーは庭掃除どころではなくなってしまいます。結局、つむじ風のせいでミニーの家の庭はメチャクチャになってしまいます。そのとき、ケーキを焼き終えたミニーが庭に出てきました。荒れた庭の様子を見て、ミニーは激怒。ミッキーの顔面に、思い切りケーキを投げつけたのでした…。

怒ってケーキをミッキーに投げつけるあたりが、ミニーらしいところだと私は思っています。ただかわいいだけのミニーだけではなく、そのような怒った姿のミニーも見ないと、物足りない気がするのです。かわいいだけではなくて、そのような怒ったときの面白さがあるからこそ、ミニーは魅力的なのだと私は思っているのですが、いかがでしょうか。

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2006年5月28日 (日)

ウルトラマン、戦隊、仮面ライダー

昨日放送の『ウルトラマンメビウス』、今日放送の『轟轟戦隊ボウケンジャー』、『仮面ライダーカブト』を観ました。それぞれ、感想を簡単に述べていこうと思います。この三つはほぼ毎週観ていますが、一番好きなのは『ウルトラマンメビウス』なので、分量的に『ウルトラマンメビウス』の感想が多めになってしまいますが、ご容赦ください。

昨日の『ウルトラマンメビウス』は、第8話「戦慄の捕食者」。今回は、旧作のネタの使い方が最高に良かったです。マケット怪獣ミクラスに電気の力を付加するために選ばれた怪獣は、かつてウルトラセブンと戦った宇宙怪獣エレキング。しかし、その名前を聞いたコノミ隊員がアーカイブを検索してデータが出てきたエレキングは、ウルトラマンタロウと戦った再生エレキング。即座に怪獣マニアのクゼ隊員が、「それは別個体です」と指摘していました。この瞬間、再生エレキングを知っている人は笑ったのではないでしょうか。ウルトラセブンと戦ったエレキングは確かに電気が武器ですが、ウルトラマンタロウと戦ったエレキングは火を噴いていましたからね。

また、ミクラスのカスタマイズには、エレキング以外の電気怪獣のデータも使われていたようで、使われたのはネロンガとエレドータス。前者は初代ウルトラマンと戦い、後者はウルトラマンジャック(帰ってきたウルトラマン)と戦いました。どちらも透明になれる怪獣で、それによってマケットミクラスも透明になる能力を身に付けていました。ネロンガはともかく、エレドータスなんて、よほどウルトラマンが好きな人でないと知らない気がします。でも、私はエレドータスなんてマイナーな怪獣の名前を出してくれただけでも喜んでしまいましたよ。しかも不自然な形ではなく、物語に組み込んでいましたからね。

そして、今回はウルトラマンメビウスがやたらと格好良く見えました。まず、変身はいつものバンク映像ではなかったので新鮮でしたし、何よりも格闘戦が格好良かったのです。今までは弱いウルトラマンだと思っていましたが、成長したということなのでしょうか。これからも、格好良い戦いを見せてほしいものです。

ツルギは、やはりM78星雲出身なのですね。今後、どのようになるか楽しみです。セリザワ前隊長の体は借りているのでしょうか。リュウ隊員とセリザワ前隊長の回想シーンは良かったです。ウルトラマンの力を借りないと怪獣を倒せない防衛隊の存在意義に悩むリュウに対して、防衛隊がギリギリまで頑張るからこそウルトラマンは地球を見捨てないでいてくれると諭すセリザワ…好きなタイプのシーンですね。

あと何週かでウルトラの母が登場するらしいという『ウルトラマンメビウス』、目が離せません。

今日の『轟轟戦隊ボウケンジャー』は、何よりもチーフの変身シーンがかっこよすぎでした。そのシーンばかりが印象に残りすぎて、他を語る気がなくなってくるぐらいです。リュウオーンの剣をアクセルラーで防ぎ、そのままボウケンレッドにスタートアップ(変身)するシーンは、鳥肌が立つぐらいのかっこよさでした。観ていない人に文章で伝えるのは物凄く大変なのですが、かっこよかったです。

ところで、もう新メカが登場するのですね。何だか、早すぎる気がしますが、どうなのでしょう。私は、スーパー戦隊シリーズについては巨大ロボ戦よりも等身大での戦いの方が好きなので、新メカが出てきても大して興奮しないのですが、まぁそれはあくまで私の個人的好みの話。新メカが出てくることによって面白いストーリーが展開されるのであれば、それでいいと思っています。

今日の『仮面ライダーカブト』は、単純にいい話でしたね。今までは風間(仮面ライダードレイクに変身する)のことがそれほど好きではなかったのですが、今日の話を観て結構好きになりました。

母と娘の再会というテーマは感動しますね。ゴンが母親の記憶を取り戻して、その代償として風間のことを忘れてしまうのは切なかったですが。とにかく、心温まる話でした。

ところで、来週はついに仮面ライダーサソードが登場するのですね。私はライダーバトル(ライダーどうしの戦い)が好きではないので、そんなに嬉しい気持ちではありませんが…。

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2006年5月26日 (金)

ドラえもん 出木杉くん特集

本日放送のTVアニメ『ドラえもん』は、出木杉くん特集でした。出木杉くんの活躍が観られる2本のお話が放送されました。

出木杉くんと言えば、頭が良く、スポーツ万能で、優しくて、ハンサムで…そんな完璧人間の出木杉くんが、自分の憧れのしずかちゃんと仲良くしているのを見てイライラするのび太という構図は、いつ観ても面白いです。今日放送した2本の話のうち、最初はそういう話でした。

勉強もスポーツも駄目なのび太にとって、何でも完璧な出木杉くんは、妬みの対象です。私は子供の頃、出木杉くんのような人間になりたくてなりたくて仕方がなかったのですが、その夢はついに叶わぬまま大人になってしまいました。まぁ、私の努力が足りなかっただけかもしれませんが…。しかし、出木杉くんのようになりたいと思っていた人は、決して私だけではないでしょう。

とにかく、今日の話では、出木杉くんとしずかちゃんが交換日記をやっていたということで、のび太は物凄く嫉妬します。今はメールなどが発達しているので、交換日記というものがどのような位置づけにあるものなのかイマイチわからないのですが、私が子供の頃にはメールなどありませんでした。そんな自分の身になって考えると、小学生の頃に自分の憧れの女の子が自分以外の男の子と交換日記なんてやっていようものなら、私はショックで3日ほど寝込んだかもしれません。だから、出木杉くんに対してイライラするのび太の気持ちは理解できます。

2本目の話は、「人間ブックカバー」という道具のお話です。その道具に特定の本のタイトルを記入して人の頭に乗せると、乗せられた人は、記入されたタイトルの本の内容を最初から最後まで語り出すのです(乗せられた人が読んだことのある本でなければ駄目です)。要するに、「人間ブックカバー」とは、人間を「喋る本」に変えてしまう道具ですね。「そんなことが許されるのか?」と言いたくなるほど物凄い道具ですね。

のび太は、それを本が大好きな出木杉くんに乗せて、自分で本を読むことなく出木杉くんに本の内容を語らせて、読書感想文を書こうとしているのです。

のび太は本を読むと1ページも読まないうちに眠くなるらしいですが、誰かが話してくれるのを聞くだけなら大丈夫なんですね。私は、自分のペースで読んだ方がいいと思いますが。ともあれ、話の最後では、のび太も本の面白さに目覚めます。

今日は出木杉くんが大活躍でした。来週は、ジャイアンの妹のジャイ子を特集するようです。ジャイ子ファン(いるのでしょうか?)は必見ですね。

ちなみに、出木杉くんの本名は、出木杉英才(ひでとし)です。

5/28追記…最初にこの記事を書いたとき、「出木杉」を「出来杉」と誤記していました。「出木杉」が正しい表記であることは知っていたものの、誤記していることに全く気付かず…。「銀河後悔日誌」さんのトラックバックを受けて、自分が誤記していたことに気付いた次第です。

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2006年5月25日 (木)

高橋秀直「王政復古への政治過程」

先日の記事で、今年の初めに亡くなった歴史家の高橋秀直氏(生前は京都大学助教授)が、初めて幕末政治史を扱った論文「討幕の密勅と見合わせ沙汰書」(『日本史研究』第457号、2000年)を紹介しました。

高橋氏は上記の論文を発表した翌年、「王政復古への政治過程」(『史林』第84巻第2号<通巻426号>、2001年)という論文を発表しました。その論文では、「討幕の密勅と見合わせ沙汰書」で展開された論点をさらに精緻に分析し、慶応3年の大政奉還から王政復古政変に至るまでの時期の分析において、通説とは異なる解釈を提示することに成功しました。

「王政復古への政治過程」という論文には、本文の前に【要約】が載っているので、それを引用してみたいと思います。それを読んでいただければ、高橋氏の主張の大体は理解していただけるでしょう。引用は青文字部分です。

 本稿は大政奉還より王政復古クーデターにいたる政治過程を、この時期の二つの中心勢力、徳川慶喜と薩摩討幕派に焦点をあてて再構成したものである。
 その主要な論点は第一に、大政奉還によりこれまでの政治対抗の構図(武力倒幕論の薩摩対慶喜)は大きく変化し、慶喜も薩長もふくんだ挙国一致の新政体をつくるということで両勢力は接近しつつあったということである。そしてこの接近の背景には、天皇・公議政体論という政体論での一致があった。
 第二に、クーデターの性格について。慶喜との接近にもかかわらず、薩摩がクーデターを計画したのは、慶喜の打倒を意図したからではなく、成立する新政権での主導権の確保をめざしたからであった。一方、慶喜や土佐は、薩摩の意図に反発しつつも、内戦回避のためそれとの対立を避けようとした。そのため、土佐は、クーデターに参画しつつも、それを慶喜に受け入れ可能なものにすべくその内容の緩和をはかった。一方、慶喜はクーデターを知りながらも、その阻止に動かないのみではなく、保守派の会津の行動を牽制した。両者は、公議政体樹立後に薩摩勢力の掣肘を期していたのである。
(『史林』第84巻第2号、1ページ)

以上が、高橋秀直「王政復古への政治過程」の【要約】部分です。以下、本文の中から私が特に気になった記述を、いくつか抜粋してみたいと思います。今度は赤文字で引用します。

慶喜の大政奉還の政体論は、幕府を否定することで二重政権を解消するとともに、現存する朝廷を改革し、天皇のもとに公議機関が中心をしめる政体を新たに樹立しようという主張であり、典型的な天皇・公議政体論だったのである。(中略)問題となるのは、新政体における自己の位置についての慶喜の考えである。慶喜が構想する公議機関は大名・公家よりなる上院、陪臣などよりなる下院の二院制で、自身は上院の主導的地位を占め、朝廷の実質的中心となることを考えていた、と原口清氏は推定されているが妥当なものと言えよう。そして最大の大名で、大政奉還の功労者となる慶喜がこうした地位を期待するのはまったく自然なことであった。(4~5ページ)

大政を奉還=幕府を廃止しようとする以上、将軍を辞任するのが自然である。しかし、それにもかかわらず、大政奉還上表には将軍辞任がなかった。それはなぜか。(中略)本来、将軍の地位と幕府は一対であり、幕府の権限のどこまでが幕府に由来し、どれだけが将軍の地位に基づくのかといった実定法的規定などもちろんある訳ではない。大政を奉還した将軍というこの異常事態を徳川側がどのように認識しているかが、慶喜の意図を理解する上で焦点となる。そしてこれについての彼らの認識は、将軍の地位はもはや「空名」となったというものであった。将軍の名によって幕府がなお実質的に存続しうるのは彼らの理解ではなかったのである。(11ページ)

大久保・西郷の挙兵論は内乱の覚悟ぬきではなしえないもので、徳川氏=慶喜を軍事的に打倒しようというものであった。しかし、こうした慶喜打倒論は彼らの一貫した主張ではなかった。兵庫開港勅許で薩摩が挙兵方針に踏み切る以前の段階における、彼らの主張は五月の西郷意見書に見ることが出来るが、それが目標とするのは、天皇・公議政体の樹立であり、その公議政体に慶喜は当然、参加するものとされていた。天皇・公議政体の平和的樹立に慶喜が応じるとは思われないので、彼らは軍事的方策をとることにしたのであり、慶喜の打倒それ自体が目標であったわけではなかった。したがって、大政奉還により平和的に公議政体が樹立できるなら大久保・西郷にとってもそれは望ましいことであった。要はそれが本当に実現するのか、慶喜の真意如何にあった(17ページ)

十二月初旬、薩摩討幕派がクーデターに賭けていたのは、権力か滅亡かではなく、予想される慶喜もふくめた連合政権での主導権という限定的な問題なのであった。(34ページ)

・クーデター直前、慶喜・薩摩の両者は接近し、クーデターも新政体の樹立までは、会津など徳川保守派の暴発がないかぎりは、軍事的衝突ぬきで達成される状態になっていた。大政奉還以後、政情は大きく変化したのである。この変化の最大の要因は、慶喜の決断により政体論で両者が一致したことにある。すなわち、天皇・公議政体論が徳川保守派をのぞき政界の共通項となったことである。天皇を政体の中心におくべきという主張は桜田門外の変以後、共通認識となっていたが、公議の理念もここで一般化した。ペリー来航以来の政体をめぐる試行錯誤はここで一応、収束したことになる。(36ページ)

気になる記述(賛成できる部分も、そうでない部分も)は他にもまだまだあるのですが、引用はこれぐいらいにしておきます。冒頭でも述べましたが、「王政復古への政治過程」という論文は、高橋秀直氏の幕末政治史の論文第2弾です。幕末政治史を扱った最初の論文、「討幕の密勅と見合わせ沙汰書」で提示された論点をさらに深く掘り下げて、実証的な分析を行っているのが特徴と言えるでしょう。

個人的には、異論を感じる記述もあるのですが、高橋氏の研究は幕末政治史研究の進展に大きく寄与したことは間違いないだろうと思います。大政奉還から王政復古政変に至る時期の徳川慶喜と討幕派の関係について、高橋氏と同じような認識を抱く研究者も増えているような気がします。

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2006年5月23日 (火)

高橋秀直「討幕の密勅と見合わせ沙汰書」

今年亡くなった歴史家の高橋秀直氏の代表的著作は、『日清戦争への道』(東京創元社、1995年)です。書名からもわかるように、高橋氏の代表的著作は明治時代を扱ったものですが、ここ5~6年の高橋氏は、亡くなる直前まで幕末政治史の研究に力を注いでいました。それどころか、幕末政治史研究に新風を巻き起こした状態で亡くなってしまったと言えるかもしれません。

その高橋氏が幕末政治史について、最初に論じた文章が、「討幕の密勅と見合わせ沙汰書」(『日本史研究』第457号、2000年)という論文(正確には研究ノート)です。この論文は、幕末の最終局面である慶応3(1867)年10月に、徳川慶喜が大政奉還の意向を表明するのと前後して薩長に下された、「討幕の密勅」とは一体何だったのかを検討したものです。高橋氏によれば、「討幕の密勅」の検討は、大政奉還から王政復古クーデターまでの政治過程像に新しい光を投げかけることにつながるそうです。

「討幕の密勅」と言えば、よく話題になるのは、真勅か偽勅かという問題。要するに、本当に天皇(当時の天皇は、まだ幼い明治天皇)の承認を得たものなのか、それとも天皇の知らないところで岩倉具視ら武力討幕派が勝手に作ったものなのかということが、よく議論されるのです。この問題について私は、井上勲『王政復古』(中公新書、1991年)の分析により、偽勅である可能性が極めて高くなったと言ってしまって差し支えないと思っています。

もっとも、私は未読なのですが、原口清氏が論文「王政復古小考」(『明治維新史学会報』37号、2000年)の中で、「討幕の密勅」は真勅である可能性が高いと主張しているらしいということを付記しておきます。個人的には井上氏の密勅論に全面的に賛成したいところなのですが、原口氏がどんな主張をしているのか、それはそれで気になっています。

しかし、高橋秀直氏の論文の主要論点は、「討幕の密勅」が本物か偽物という問題ではありません。まずは、「討幕の密勅」は何故交付されたのかという問題。そして、高橋氏が注目したのは、討幕の密勅が交付され、大政奉還が行われた後の10月21日に公家討幕派が作成した、密勅の見合わせを命じる沙汰書(以下、「見合わせ沙汰書」と呼称します)です。高橋氏は、幕末政治史研究の中で「見合わせ沙汰書」の分析が軽視されていることを指摘し、「見合わせ沙汰書」の意味を検討することで、「討幕の密勅」の意味も明瞭になるとして、従来の先行研究の問題点を次のように指摘しています(赤文字で引用します)。

この密勅・沙汰書の分析を行うにあたって注意すべきは、公家討幕派(中山・中御門・正親町三条実愛、それに岩倉具視)の問題である。この時期の政治史研究が、武力倒幕論の動きを分析するにあたって、その対象となるのは、何よりも武家、特に薩摩であった。しかし、挙兵の成否をわける宮中掌握においてその工作を実際に担当するのは公家である。そうである以上、彼らの意向は武家にとって容易に無視し得るものではなかった。幕末の武力倒幕派の一連の行動は単に武家だけではなく、公家側の意向も反映しているのである。武家側にとってのみではなく公家にとって密勅そして見合わせ沙汰書は何であったのか、この両者を見ることによって初めて、その意味は十全に理解することができるだろう。(『日本史研究』第457号、30ページ)

上記の引用部分からもわかるように、高橋氏は、公家倒幕派の重要性を訴えています。確かに、武力倒幕という問題を考える場合、薩摩の西郷隆盛や大久保利通について論じられることが多いのは間違いないと思います。そのような指摘をした高橋氏が、「討幕の密勅」および「見合わせ沙汰書」について、どのような結論を導き出したのでしょうか。論文の「おわりに」の部分のほとんどを、以下に引用します。

 薩長武力倒幕派は十月中に上方で挙兵(御所の制圧と徳川方拠点への先制攻撃)すべく十月八日までその準備を進めていた。彼らの計画には、挙兵後それを正当化する勅語の獲得も含まれていたが、その奏請は挙兵後になす予定であり、この段階ではまだそれはなされていなかった。
 しかし九日、失機改図の情報が到着し挙兵計画は崩れ去った。この状況に薩長討幕派指導部はいったん国元に帰国した上で、兵力を引き連れ再上京することにした。そしてこの新たな方針のもと、挙兵への白紙委任状である討幕の密勅が武家側の要請により公家討幕派によって作成され、帰国する武家側に交付された。公家側は密勅によって薩長を挙兵計画につなぎとめようとしたのである。一方、薩長討幕派にとって密勅は、一、国元の率兵上洛の決意をこれで促す、二、上方での挙兵が不可能となり国元で挙兵する場合、これをその名分にする、という意味を持っていた。
 密勅交付の十月十三日、慶喜は大政奉還という予想外の行動にでた。公家倒幕派は大政奉還構想自体には賛成であったが、その実現は困難と判断していた。しかし、大政奉還が十五日に勅許されその実現の可能性が出てくると、彼らは、慶喜の「反正」は真意か否かを見定めるため挙兵は見合わせるべきと考えるようになり、十月二十一日に見合わせ沙汰書を作成した。しかし、大政奉還が実現しない場合に備え薩長兵力の上方集中は必要と考えており、その集中の妨げにならないよう沙汰書は交付されることなく公家側に留め置かれた。
 一方、密勅により薩長の決意は固まり十一月、大兵の出兵が開始された。その目的はやはり上方挙兵の実現であった。しかし、十一月十五日に再上京した大久保は見合わせ沙汰書を示されるとそれに賛成する。この結果、王政復古クーデターは、御所占拠=新政権の強行樹立にとどまり、徳川方への先制攻撃はなされず、戦争の如何は慶喜の出方次第となった。挙兵計画は大きな修正を加えられたのである。王政復古クーデターは大政奉還前の武力倒幕路線の単なる延長ではなく、大政奉還の平和的実現を期待するという見合わせ沙汰書の実行の意味もあったのである。
 以上の検討は何を示唆するだろうか。それは、大政奉還より王政復古クーデターにいたる政治過程について、慶喜と討幕論の薩長との対抗という通説的視座と異なる視角で見る必要がある、ということである。大政奉還により、諸勢力の路線は戦術次元ではなく、戦略次元においても変化したのではないだろうか。
(『日本史研究』第457号、41~42ページ)

以上が、高橋秀直氏の論文「討幕の密勅と見合わせ沙汰書」の、「おわりに」の部分です。慶応3年政治史というと、どうしても「徳川慶喜VS武力討幕派」という単純な図式を最初から最後まで設定しがちですが、そのような枠組を通説どおり肯定するにせよ、高橋氏のように疑問を抱くにせよ、ちゃんと検討しなおしてみるのが必要なのかもしれません。

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2006年5月22日 (月)

『パイレーツ・オブ・カリビアン』のリバイバル上映

7/22(土)から、ディズニー映画『パイレーツ・オブ・カリビアン-デッドマンズ・チェスト-』の公開が始まりますね。ディズニーランドの人気アトラクション「カリブの海賊」をモチーフにして製作された人気映画、『パイレーツ・オブ・カリビアン-呪われた海賊たち-』(2003年公開)の続編です。

特に、1作目の中でジョニー・デップが演じたジャック・スパロウがかなりの人気を誇っているのは、説明するまでもないでしょう、多分。当然、今度公開される2作目にも、ジャック・スパロウは登場します。今から期待に胸を膨らませているファンも多いはず。もちろん、それは私も同様です(私の場合、ジャック・スパロウ命というわけではありませんが)。

その『パイレーツ・オブ・カリビアン-デッドマンズ・チェスト-』の公開を記念して、一部のワーナー・マイカル・シネマズで、1作目のリバイバル上映が行われています。5/26(金)まで。リバイバル上映を行っている劇場は、以下の通りです(赤文字部分)。

板橋、多摩センター、大井、大宮、熊谷、海老名(吹替版)、茅ヶ崎(吹替版)、新百合ヶ丘、みなとみらい、つきみ野(吹替版)、ユーカリが丘、千葉ニュータウン、市川妙典

私も先週、観てきました。2作目を観る前に、1作目のストーリー・設定を復習しておきたかったものですから。私が行った劇場は、結構ガラガラでしたね。しかし、劇場が混んでいようが空いていようが、映画の面白さが抜群なのには変わりありません。私は、『パイレーツ・オブ・カリビアン-呪われた海賊たち-』を、映画初公開時に映画館で観たのですが、今回はそれ以来の視聴です。初めて観たときと同じぐらい、新鮮な気持ちで楽しむことができました。

今回、1作目を観た結果、思ったこと。ジャック・スパロウばかりが話題になりがちですが、オーランド・ブルーム演じるウィル・ターナーや、キーラ・ナイトレイ演じるエリザベス・スワンも、かなり活躍していたんだなぁという印象を受けました。ジャックだけでなく、各登場人物が個性的で、楽しむことができました。また、ディズニーランドのアトラクションを連想させるシーンも、私の記憶以上にたくさん盛り込まれていました。アトラクションの「カリブの海賊」が好きだという方も、楽しめると思います。

そして、ついつい『キングダムハーツⅡ』に出てきたジャック・スパロウやバルボッサを想像しながら観てしまいました。『キングダムハーツⅡ』に出てくるジャックやバルボッサは、本当に映画にそっくりな表情や動きをしていたんですね。そんなところにも妙に感動しました。

ともあれ、『パイレーツ・オブ・カリビアン-デッドマンズ・チェスト-』の公開を心待ちにしている方々の中で、私と同じように1作目の復習をしておこうと考える方、あるいは1作目を映画館で観なかった方は、この機会にリバイバル上映を観に行かれてはいかがでしょうか。きっと、楽しめると思います。リバイバル上映は5/26までですので、興味のある方はワーナー・マイカル・シネマズの上記劇場まで、お急ぎください。

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2006年5月20日 (土)

ウルトラマンメビウス ファントンの落し物

今日も観ました、『ウルトラマンメビウス』。今日は第7話、「ファントンの落し物」。『ウルトラマンメビウス』で初めてと言えるギャグ要素の強い話でした。個人的には、かなり楽しめました。

しかし、ウルトラマンメビウスの地球での仮の姿であるヒビノ・ミライ隊員は、視聴者をヒヤヒヤさせる発言や行動が多いですね。超能力を発揮しちゃったり、宇宙語を理解してしまったり、地球の食べ物の名前をちゃんと覚えていなかったり、変身するために持ち場を説明なしに離れるところとか。今すぐ正体がバレてもおかしくないような気もして心配です。やっぱり、メビウスは正体がバレたら地球を去らねばいけないのでしょうかね。

そして、今日は宇宙語が良かったですね。かつて、科学特捜隊のイデ隊員が初代バルタン星人に対して使用した言葉も出てきました。こういうのは、昔の作品を知っている人には、嬉しい演出ですね。そのあたりが、昔のM78星雲出身のウルトラマンの世界観を踏襲しているメビウスの良さだと思います。

しかし、今日は予告もかなり気になりました。ミライ(正体はウルトラマンメビウス)が、ガイズのセリザワ前隊長(ツルギに変身)に向かって、「宇宙警備隊員ではない君が、何故この星で戦っているんだ?」と聞いていました。気になるセリフです。

宇宙警備隊とは、M78星雲光の国に本部を置く、全宇宙の平和を守ることを使命とする組織。隊長はゾフィー、その上の大隊長にウルトラの父。初代ウルトラマンやウルトラセブン、ウルトラマンタロウなども所属している組織です。メビウスはそこのルーキーという設定ですが、ツルギに向かってわざわざ「宇宙警備隊員ではない君」と言うのは、ツルギは宇宙警備隊には所属していないものの、本来はウルトラマンの仲間の1人ということなのでしょうか。ツルギの正体は過去作品には登場していない新しいウルトラマンだという噂もありますしね。今後が気になるところです。

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2006年5月16日 (火)

ディズニー長編アニメ映画オススメ10本

今回の記事では、私が個人的に気に入っているディズニーの長編アニメ映画(実写+アニメのものを含む)の中から、「ディズニー映画をあまり観たことのない人に薦めるなら、この10本にしよう!!」と思っている10作品を紹介してみたいと思います。

①『白雪姫』(1937年公開)
ディズニーの長編アニメーション第1作。すべてのディズニー長編作品の原点ですから、薦める価値は高いと思います。ただ単にディズニー初の長編アニメだっただけではなく、世界初の長編アニメという意味でも、観る価値は十分にある作品です。かなり古い作品ですが、作品としての素晴らしさは全く色褪せていません。白雪姫、魔女、七人の小人など、お馴染みのキャラクターが登場する有名な作品ではありますが、映画を観たことがない方は案外多いのではないでしょうか。その意味でも、オススメです。特に、七人の小人の個性が際立っています。王子と白雪姫のキスシーンも、やはりいいですよ。意外に怖いシーンが多いので、そういうものが苦手なお子様は注意が必要かもしれません。

②ダンボ(1941年公開)
とにかく、主役のダンボの愛らしさが際立つ作品です。母親のジャンボとの親子愛に感動させられる部分が大きく、ジャンボが愛する息子のダンボを鼻の上に乗せながら「私の赤ちゃん」(アカデミー賞にノミネート)を歌うシーンでは、涙する人も少なくないことでしょう。終始ダンボの味方をするティモシーと、ティモシーの説得に心動かされてダンボに空の飛び方を教えるカラスたちが、いい味を出しています。ラストで、「ダンボ、君は飛べるんだ」というティモシーの叫びを聞いて、魔法の羽(と、ティモシーが教えたが、本当はただのカラスの羽)なしでダンボが飛ぶシーンは、またまた感動です。ピンク・エレファントのシーンもインパクト抜群。

③『わんわん物語』(1955年公開)
「世界の歴史を見ても、お金だけではどうにもならないことが1つあります。犬を喜ばせ、しっぽをふらせることです」…こんなセリフから始まる『わんわん物語』は、犬好きの方には是非オススメしたい名作です。ウォルト・ディズニー生前の時代の長編アニメ映画の中では珍しい、原作なしの作品。それもあってか、私は他のウォルト生前の頃の作品に比べて、新鮮さを感じます。主役のレディとトランプが恋におちる過程が何とも微笑ましく、野良犬に襲われたレディを助けに来るトランプが、かっこよすぎです。レディとトランプがスパゲティを食べながらキスするシーンは、とにかく実際に観てもらいたい名シーン。レディとトランプだけでなく、トラスティやジョックなど、他の犬たちもいい味出しています。

④『メリー・ポピンズ』(1964年公開)
アカデミー賞5部門に輝いた、実写とアニメの合成作品。この作品はとにかく曲が素晴らしく、シャーマン兄弟が作った「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」、「2ペンスを鳩に」、「チム・チム・チェリー」などの名曲が揃っています。「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」という言葉を覚えたときは、何とも気持ちが良かったものです(自己満足に浸れます)。個人的には、バートが煙突掃除人たちを引き連れて踊るシーンがお気に入り。最高に楽しいシーンです。このシーンに限らず、ミュージカル要素を満喫できます。メリー・ポピンズが乳母としてやってきたバンクス家のお父さん、最初は頭の固い人ですが、最後には物凄く素敵なおじさんに変貌して微笑ましいです。また、アニメのシーンに登場する4羽のペンギンウェイターを、私のお気に入りです。

⑤『美女と野獣』(1991年公開)
アカデミー作品賞にノミネートされるという、アニメーション史上初の快挙を成し遂げた作品。それだけに、とにかく面白い映画です。最初は乱暴だった野獣が、ベルに出会ったことで段々と心優しい男に変わっていき、それにつれて2人の愛が育まれる様子に、観ている方はどんどんと引き込まれていきます。とにかく、野獣とベルに感情移入できるのです。特に、野獣は段々と可愛らしい雰囲気になっていき、野獣の姿とのギャップも面白いです。また、そんな野獣とベルの仲を引き裂こうとするガストンはとにかく憎たらしく、悪役として申し分のない活躍を見せてくれます。彼が歌う「強いぞ、ガストン」は、私が密かに気に入っている曲。ガストンのことが大好きな3人の娘たちも、私は好きです。ルミエールやコグスワースなど、お城の召使いたちも個性的。

⑥『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993年公開)
ティム・バートン製作のストップ・モーション・アニメ。とにかく、いい意味で「馬鹿」にしか見えないジャック・スケリントンが、微笑ましくてたまりません。毎年のハロウィンに飽きたからといって、勘違いなクリスマスを主催しようとするあたり、何とも面白いです。また、ジャックを想うサリーも可愛らしく、他にもウーギー・ブーギーやメイヤーなど、個性的なキャラクターがたくさん登場するのが魅力です。そもそも、ハロウィンタウンという設定自体が素晴らしいと思います。観ていると、個性的なキャラクターたちの魅力とストーリーの面白さに、どんどん引き込まれていきます。曲も良いものが揃っていて、特に「サンディ・クローズを誘拐しろ」の出来は秀逸。他のディズニー作品と並べると異色な気がしますが、独特の面白さを備えた作品です。

⑦『グーフィー・ムービー-ホリデーは最高!!-』(1995年公開)
公開当時のタイトルは、『グーフィーとマックス-ホリデーは最高!-』でした。ミッキーマウスの親友であるグーフィーと、その息子のマックスが活躍します。中学生のマックスは、かっこ悪い父親のようになりたくないと、思春期の男の子らしい悩みを持ち、グーフィーはそんなマックスの気持ちに気付かず、いつまでも子ども扱い…。父子の絆を深めようとマックスを旅行に連れて行くグーフィーですが、それがマックスの初デートを邪魔していることなど知らず…。とにかく擦れ違うグーフィーとマックスの心、グーフィーに反発するマックス、そんなマックスの気持ちを理解できないグーフィー。そんな2人が、最後には最高の親子になる感動作です。私のお気に入りシーンはグーフィーとピートが一緒に風呂に入っているシーン。名脇役のグーフィーが主演した初の長編作品、面白いですよ。ミッキーマウスとドナルダックがチラッと登場するのもチェックポイント。

⑧『トイ・ストーリー』(1995年公開)
ディズニーとピクサーが提携した初めての作品。公開当時は初めてのフルCG長編作品ということで話題になりましたが、この作品の最大の長所はむしろ、ストーリーの良さ個性的なキャラクターたち。個性的なキャラたちの中で、私が最も好きなのはバズ・ライトイヤー。最初は自分がおもちゃであることを自覚せず、自分をスペースレンジャーだと思い込んでいるのは面白すぎです。しかし、彼がおもちゃであることを自覚し、確かめる意味で彼が飛び立とうとしたら、やはり飛べず墜落…このシーン、泣きそうでした。そして、自分がおもちゃであるという事実を受け入れた彼は、最高にいい奴。ウッディとのコンビも最高です。『トイ・ストーリー』シリーズについては、私は1作目よりも2作目の方が好きですが、やはり1作目を観なくては話が始まりません。

⑨『ティガー・ムービー-プーさんの贈りもの-』(2000年公開)
プーさんシリーズとして、17年ぶりに劇場公開された作品。私は最近初めて観たばかりですが、すっかりお気に入りの作品になりました。あらすじについては、コチラの記事をご覧ください。とにかく、ティガー好きにはたまらないほど、ティガーが大活躍します。ティガーにさほど興味がなかったとしても、楽しめる内容だと思います。何故なら、各キャラクターの個性がうまく描かれているからです。また、シャーマン兄弟が30年ぶりに参加したディズニー映画でもあり、「ワンダフル・シング・アバウト・ティガー」の他、数々の名曲を楽しめます。ストーリーはとにかく心温まるもので、感動できます。ティガーが100エーカーの森の仲間たちこそ家族なのだとわかる場面は最高です。ティガーのために奮闘するルーも、とても可愛らしいです。あんな弟分を持てて、ティガーは幸せだと思います。

⑩『リロ&スティッチ』(2002年公開)
今大人気のスティッチが出てくる映画です。ストーリーは素晴らしく、スティッチが人気のある理由もわかります。『ダンボ』以来の水彩画タッチのの映像も魅力的。何と言っても、すべてのキャラクターが個性的。リロとスティッチはもちろん、ナニ、デイビッド、プリークリー、ジャンバ、ガントゥ、コブラ・バブルスなど、面白いキャラクターが次々に登場します。私は特に、プリークリーとジャンバのコンビが好きですね。笑えるシーン満載、泣けるシーン満載の、素晴らしい映画です。あらすじについては、DVDの公式サイトを見ていただければ良いかと思います。「オハナは家族、家族はいつもそばにいる」…この言葉に涙した人も多いはず。スティッチは、動くととにかく可愛いです。スティッチに限っては、静止画だけではなく動画で観ることを強くオススメします。

…以上が、「ディズニー映画をあまり観たことのない人に薦めるなら、この10本にしよう!!」という観点で選んだ、私が気に入っているディズニー長編アニメ映画10本です。ただ単純に面白いという理由ならば、他にも色々とオススメ作品があるのですが、悩んだ末に、上記の10本を選びました。

こうしてみると、私が好きな作品には、いくつかのポイントがあるようです。まず、キャラクターが個性的だったり、感動できる作品は、私の意識の中で高評価につながるようです。また、適度に笑いの要素があることも重要なようです。まぁ、そういう映画を好きなのは私に限ったことではないのかもしれませんが、上記10本は、そのような要素のいずれかを含んでいると言えそうです。上記10本の中で観たことのない映画がある方には、強くオススメします。

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2006年5月15日 (月)

キングダムハーツ2 アルティマニア

『キングダムハーツⅡ』は数ヶ月前にクリアしているのですが、何となく『キングダムハーツⅡ アルティマニア』(スクウェア・エニックス、2006年)を購入してみました。とにかく分厚い本なので、まずは凄い情報量に圧倒されます。

ディズニーファンとしての視点で読んでみると、ゲームに登場する各ディズニーキャラクターの説明が詳細で、ディズニーキャラクターの辞典としても楽しめるという感想を抱きました。

例えば、21ページではピートが紹介されているのですが、そこには原作のアニメ作品との絡みで、以下のようなことが書いてあります。青文字で引用します。

ミッキーマウスの好敵手としておなじみのピート。スクリーンデビューはミッキーよりも早いが、『蒸気船ウィリー』で一緒に活躍して以来、ミッキーやその友人のライバル的な立場でひんぱんに登場するようになった。「短気で乱暴だが憎めない悪役」という役どころは、ゲーム中にもしっかり活きている。

以上の説明は、ディズニーキャラクターとしてのピートを的確に表現していて素晴らしいと思うのですが、いかがでしょうか。特に、ピートの方がミッキーよりも先にデビューしているという、ディズニーファンでもなかなか知らない(と思われる)情報まで当然のごとく記述しているあたり、凄いと感じます。

その意味では、『キングダムハーツ』というゲームを全く知らないディズニーファンが『キングダムハーツⅡ アルティマニア』を読んだとしても、結構楽しめる内容になっているのではないかと思います。ゲーム中にはちょっとしか登場しないホーレス・ホースカラー、クララベル・カウ、クララ・クラック、スクルージ・マクダックなどの比較的マイナーなキャラクターも、ちゃんと紹介されていますし。

また、単純に攻略本として読んだとしても、情報量が多いので、かなりの読み応えがあります。それどころか、すでに一度ゲームをクリアしている私が読んでも、読み物として楽しめます。ゲームを漠然とプレイしているだけでは気付きにくい情報も色々と書かれていますので、ゲームをフルに楽しもうと思ったら必読ですね。この本を読んで初めて知ったことも少なくありません。

と言うわけで、もしも今から『キングダムハーツⅡ』をプレイされる方がいましたら、『キングダムハーツⅡ アルティマニア』も購入されると、ゲームをより深いレベルで楽しめるのではないかと思います。もっとも、基本的に攻略本ですから、ゲームのネタバレ的な記述も多いので、ネタバレは避けたいという方には、ゲームが終わってから読んでみることをオススメします。

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2006年5月14日 (日)

ディズニー映画『ふしぎの国のアリス』

1951年に公開された『ふしぎの国のアリス』は、知名度の高さの点では、ディズニーの長編映画の中でも上位に位置する作品でしょう。要するに、有名な作品だということです。

しかし、私の個人的な好みで言えば、そんなに面白い映画だとは思っていません。ルイス・キャロルの原作『不思議の国のアリス』を読んだときも、そのハチャメチャな世界観・ストーリーに入り込むことができず、イマイチ楽しめませんでした。それに、原作を読んだ印象では、映像化に適している作品とも思えませんでした。その危惧通りに、ディズニー映画『ふしぎの国のアリス』について、心から楽しめる世界観に仕上がっているとは感じることができなかったのです。まぁ、それはあくまで個人的な感想です。いくらディズニー映画が全般的に好きだとは言え、全てのディズニー作品が自分の好みに合致するとは限らないということです。

_しかし、世界観は気に入ることができなかったとは言え、ディズニー映画『ふしぎの国のアリス』に出てくるキャラクターたちはみんな個性的で、なかなか良い感じです。そのせいなのか、パークで会えるキャラクターも多いですよね。東京ディズニーランドでは現在、主役のアリスはもちろん、ハートの女王(写真左下)、マッドハッター、白ウサギ(写真右)、トゥイードルディーとトゥイードルダムに会うことができます。エレクトリカルパレードには、チシャ猫もフロートとして登場しますね。なぜ三月ウサギには会えないのか謎ですが。

それらのキャラクターは貴重な存在だと思います。映画として完璧に面白いと思えるものに仕上がっていなくても(あくまで私の主観です)、数々の個性的なキャラクターを生み出すあたり、さすがディズニーだと思ってしまいます。ウォルト・ディズニー生前の作品だからでしょうか。あまり自分の好みではないなぁと感じたディズニー作品のうち、それでも登場キャラは魅力的だと感じるのは、たいていウォルト・ディズニー生前の作品だったりします。『ふしぎの国のアリス』は、その好例です。

_imgp1513キャラクターの魅力と映画の面白さが結び付かないというのは、少なくとも私の場合、あります。映画『ふしぎの国のアリス』自体はそれほど好きでなくても、キャラクターとしてのアリスはかわいらしいと感じるからです。

ともあれ、『ふしぎの国のアリス』という作品は、あの文字通り”ふしぎ”な世界観に入り込むことができれば、メチャクチャ面白いのではないかと思ったりもします。恐らく、たまたま私の好みに合わなかっただけの話で、観る人が観れば物凄く楽しめるのではないかと感じるのです。ハチャメチャな世界観が展開されていればいるほど、そんなものではないでしょうか。

そういうわけで、今回の記事でも、他の記事と同様なお決まりのセリフで締めさせていただきます。ディズニーキャラのアリスとその仲間は知っているけれども、映画は観たことがない人は、この機会にぜひディズニー映画『ふしぎの国のアリス』を観てください。絶対に気に入るはずとは断言できませんが、個性的なキャラクターたちは一見の価値ありです。そして『ふしぎの国のアリス』を面白いと感じたら、ぜひ他のディズニー作品も観てください。ディズニーファンとしては、今までディズニー映画に興味の薄かった人がディズニー映画好きになってくれることが、ささやかな喜びの1つなのです。

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2006年5月11日 (木)

日本史好きの困った特性

日本史好きの私は、日常生活で時々困った特性を発揮します。日本史好きだからと言っても、すべての日本史好きの方が私と同じ特性を持っているかどうかはわかりません。もしかしたら、大学の史学科や国文学科などで日本史を深く学んだことのある方、あるいはそれに匹敵するぐらい歴史に興味を持っている方だけかもしれません。困った特性とは、以下のようなことです。

例えば、「文書」という漢字を見たら、普通の人はどのように読むでしょうか。恐らく、一般的には「ぶんしょ」と読むものと思われます。ところが私は、「文書」という文字を見ると何気なく「もんじょ」と読んでしまうことが多いのですよ。現在では「文書」は「ぶんしょ」と読みますが、歴史の世界に浸っていると、むしろ「もんじょ」と読むことが多いからです。「古文書」は「こもんじょ」と読むように、例えば『大久保利通文書』という本がありますが、これは「おおくぼとしみちもんじょ」と読むのが正しいのです。『坂本龍馬関係文書』も『大日本古文書』も、「もんじょ」と発音するのです。その感覚に慣れてしまうと、日常生活の中で「ぶんしょ」と読むべき「文書」を、うっかり「もんじょ」と読んでしまうことがあるのです。

他にも、例えば「前総理」という文字。これは通常、「ぜんそうり」と読むべきものですが、私はここでも歴史好きの特性を発揮して、「さきのそうり」と読んでしまうことが皆無ではありません。昔は、「」を「さきの」と読んでいたからです。時代劇の中で水戸黄門のことを、「さきのふくしょうぐん」(=「前副将軍」)と呼びますよね、それと同じことです。

他には、「大阪」という地名について。江戸時代以前は「大坂」と書いていたわけですが、たまにごっちゃになります。私は江戸時代以前の「おおさか」については「大坂」と表記し、今の「おおさか」については「大阪」と表記することにしていますが、現在の「おおさか」まで「大坂」と表記してしまうことがあります。困ったことです。

今すぐパッと思い付くのは以上ですが、このような特性を日常生活の中でうっかり発揮しそうになってしまう方は、私以外にも少なからずいるものと思われます(実際、私の周りに何人か存在します)。

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2006年5月 9日 (火)

私が影響を受けた歴史家

恐らく、小説好きな方には好きな作家、漫画好きな方には好きな漫画家がいると思います。そして、歴史好きな私には、好きな歴史家がいます。と言っても、私が好きな歴史家の数は結構多いです。そのため、この記事では、歴史(特に幕末)を考える上で、私が強く影響を受けた歴史家3人の話題を中心に話そうと思います。

まず1人目は、かなり昔に亡くなっている方ですが、平尾道雄氏。私は幕末史に興味を持ち始めた頃、まだ司馬遼太郎氏の小説の世界観を脱することができていませんでした。しかし、司馬氏の小説はあくまで小説(フィクション)であって、そこに描かれていることは史実ではないという意識は、明瞭にありました。そのため、自分は小説に描かれたフィクションではなく、史実の幕末史を知りたいのだという気持ちが大きくなったときに読んだのが、平尾道雄氏の本です。

特に、平尾氏の坂本龍馬の伝記を読みました。古い本だけに、現在の研究水準では訂正を要する箇所がかなり多いですが、平尾氏の著書『龍馬のすべて』(久保書店、1966年。高知新聞社、1985年)と『坂本龍馬 海援隊始末記』(白竜社、1968年。中公文庫、1976年)は、今でも大好きです。平尾氏の本は総じて平易な文章で書かれていることが多いので、読みやすいのが特徴です。やや不満を述べれば、あまり突っ込んだ議論を展開してくれないことでしょうか。その点で物足りなく感じることもあります。

ともあれ、平尾氏は史料の博捜には定評があるので、論旨は実証的なので、どの本も大概オススメです。ただ、繰り返しになりますが、古くに亡くなっている方の本なので、現在の研究水準では訂正を要する記述も少なくありません。その点は注意が必要ですが、平尾氏の著書は面白いです。私が初めて読んだ新選組本も、実は平尾氏の『定本新撰組史録』(新人物往来社、1977年。新装版、2003年)です。個人的に、『中岡慎太郎 陸援隊始末記』(中公文庫、1977年)もオススメです。

坂本龍馬や土佐藩について詳しく知りたい方は、平尾氏の著書は避けて通れないでしょうね。平尾氏は、坂本龍馬研究と新選組研究の道を切り開いた研究者だと言えるでしょう。そして、平尾氏は著書の数が100冊前後もあるので、すべてを制覇しようと思ったら大変ですね。

私が影響を受けた歴史家の2人目は、松浦玲氏。松浦氏の著書で個人的にオススメなのが、『横井小楠』増補版(朝日選書、2000年)、『検証・龍馬伝説』(論創社、2001年)、『新選組』(岩波新書、2003年)の3冊。松浦氏の著書の特徴は、論争相手(何らかの論点について見解が一致しない他の研究者)を徹底的に批判する文体で、読んでいて気持ちいいです。

もちろん、松浦氏は意味もなく他の研究者を批判しているわけではなく、論理的な史料解釈で、論旨に説得力があると感じられる場合が多いです(承服できない点もありますが)。言っていることに説得力が感じられるからこそ、他の研究者を一刀両断するような文章も、心地よいものに思えるのです。上記で挙げた3冊も、そのような傾向が強く感じられる本なので、好きなのです。

ただ、そのような筆鋒の鋭さが嫌な人もいるかもしれませんね。あまりの筆鋒の鋭さに、面食らう人もいるのではないかと推測します。ともあれ、その筆鋒の鋭さが、松浦氏の著書を面白いものにしていると、私は感じているのです。『検証・龍馬伝説』の中で、「根拠のない断定を潰すことには熱心でありたい」と述べているような執筆姿勢が、私は好きなのです。

また、前掲『新選組』を出したことで、新選組を歴史学の研究対象に押し上げたということが、近年の松浦氏の最大の功績だと、個人的には感じています。歴史学の世界で一流の研究者として認められているだけでなく、一般向けの著書が多い方なので、色々な方面に影響力のある方ではないかと思っています。

3人目は、井上勲氏。私は幕末史が好きな人間ですが、幕末史の中でも特に好きなのが慶応3年。ということで、井上氏の著書『王政復古』(中公新書、1991年)は欠かせません。私の慶応3年政治史の理解の大枠は、井上氏の著書に影響を受けたものだと言って過言ではありません。

『王政復古』も刊行から15年経っていて、家近良樹氏・久住真也氏・三谷博氏・高橋秀直氏などの研究者によって批判されている部分もありますが、全体的な叙述の鋭さは未だ色褪せていない、まさに名著だと思います。『王政復古』は、幕末をこれから学ぼうとする人にまず一読を薦めたい本の代表格ですね。

また、あまり知られていませんが、井上氏の他の著書や論文も面白いです。政治史・思想史がメインの井上氏が出した文化史の著書、『文明開化』(教育社歴史新書、1986年)は好著です。さらに、井上氏は思想史の論文を色々と書いていますが、尾佐竹猛氏以来、「公議輿論」観念に注目した研究者の代表格でもあります。そのあたりは『王政復古』にも詳しく書かれていますが、論文「幕末・維新期における「公議輿論」観念の諸相-近代日本における公権力形成の前史としての試論-」(『思想』609号、1975年)は、さらにオススメ。

ただ、井上氏の文体はかなり独特なので、好き嫌いが分かれるかもしれません。私は小気味いい感じがして好きなのですが。どちらにしろ、内容がしっかりしているのは確かなので、井上氏の著書や論文をオススメしたい気持ちに変わりはありません。

余談ながら、これからが楽しみだったにもかかわらず、今年の初めに亡くなられた歴史家・高橋秀直氏の、恐らく最後だと思われる論文が、雑誌『日本史研究』524号(2006年)に掲載されました。タイトルは、「幕末長州における藩官僚と有志−8月18日政変から元治内乱へ−」。私はまだ未読ですが、興味のある方はゼヒ一読を。

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2006年5月 8日 (月)

ポルト・パラディーゾ最終公演

昨日は、東京ディズニーシー(以下、TDS)で、「ポルト・パラディーゾ・ウォーターカーニバル」(以下、ポルト)の最終公演を観賞してきました。夜になってから行ったので、観たのは夜の回だけ、本当に最後のポルトです。

ポルトは、TDS開園以来、ずっと行われていたショーですから、思い入れのある方も多いみたいですね。元々はTDSの昼間の顔として行われていた水上ショーですが、この一ヶ月は、「ポルト・パラディーゾ・ウォーターカーニバル エテールノ」と題して、夜間公演も行っていました。私は、昼のポルトも好きですが、夜のポルトは格別に素晴らしいと感じました。最初から夜のショーとして開催しても良かったのではないかと思うぐらい、昼の回よりも夜の回の方が好きです。

まぁ、それはともかく。約5年間行われていたショーですから、ポルトが終わるのを寂しく思う人は少なくなかったはずです。私も、その1人。その最終日ということで、集まったゲストも盛り上がっていました。朝から天気の悪い日でしたから、そもそもちゃんと開催してくれるかどうかという若干の不安もあって、いざショーが始まるや、会場は盛り上がりました。

私はハーバー全体が見渡せる場所で観たのですが、最後のポルトは最高でしたね。今までで一番、盛り上がったように思います。「エテールノ」になってから、最後はビッグ7が1つの船に乗り込むようになりましたが、あのシーンは感動ですね。ミッキーの、「これでみんな揃ったね」というセリフは、良かったです。

大きな感動を与えてくれたポルトに感謝している人は、多いことでしょう。

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2006年5月 5日 (金)

「世界の海援隊」のエピソードへの疑問

司馬遼太郎氏の小説『竜馬がゆく』には、大政奉還後の有名なエピソードが記されています。龍馬が作った新政府の人事案に大政奉還の立役者たる龍馬の名前が記されていないことを不審に思った西郷隆盛が、そのことを龍馬に尋ねると、龍馬は役人をやらずに「世界の海援隊」をやる旨、返答したというエピソードです。この話は、龍馬ファンの間では、特に有名なエピソードだと言っていいでしょう。

しかし、私はこのエピソードが史実だとは思っていません。あくまで単なるエピソードであって、実際にあった出来事ではないだろうと考えています。以下、これについて話していきます。

まず、上記エピソード中の、龍馬が作った新政府の人事案というものは、「新官制案」もしくは「新官制擬定書」と呼ばれている史料です。坂本龍馬と尾崎三良(戸田雅楽)が、大政奉還の直後に作成したものです。『坂本龍馬関係文書』などは、これを慶応3年10月16日作成としていますが、確証はありません。しかし、尾崎が10月17日には龍馬の元(京都)を離れて太宰府に行ってしまい、龍馬は11月15日に暗殺されてしまうので、大政奉還の直後に作成されたことは間違いないと思われます。ちなみに、将軍・徳川慶喜が大政奉還を朝廷に上表したのが10月14日、それが聴許されたのが10月15日です。

この尾崎と龍馬の手になる「新官制案」もしくは「新官制擬定書」について、諸書によって内容に異同があり、全部で5種類あることを、歴史家の船津功氏が、論文「「大政奉還」をめぐる政権構想の再検討-坂本龍馬「新官制案」の史料批判を中心に-」(『歴史学研究』375号、1971年)で指摘しました。

船津氏によると、それら5種類は、徳川慶喜を内大臣に擬しているか否かで2種類に大別でき、徳川慶喜を内大臣に擬しているものをA類、そうでないものをB類とすると、異同のあるそれぞれの史料は出典は、以下のようになります(赤文字部分)。

A-①…『尾崎三良自叙略伝』
A-②…『史談会速記禄』79輯の、尾崎三良談話
B-①…「尾崎三良手控」(『坂本龍馬関係文書』1巻に収録)
B-②…「坂本龍馬海援隊始末3」に引用された「尾崎三良手控」
(『坂本龍馬関係文書』2巻に収録)
B-③…『維新土佐勤王史』

これら5種類の「新官制案」はいずれも、新政府の役職として、関白、議奏、参議の三職制を設けることにおいては一致しています。異なっているのは、それら三職に充てられている具体的人名と、関白の下に内大臣・徳川慶喜を置いているかどうかです。内大臣・徳川慶喜を置いているのが、上記分類のA類の2種類です。

船津氏は様々な分析を加えた上で、上記5種類のうち、原史料はB-①もしくはB-②の、「尾崎三良手控」だと結論付けています。船津氏は、内大臣・徳川慶喜が書かれていないものが原型だと結論付けたわけです。

船津氏の以上の結論に反論したのが、歴史家の石井孝氏で、「船津功氏「『大政奉還』をめぐる政権構想の再検討」を読んで」と題する文章を、『歴史学研究』380号(1972年)に載せています。石井氏の詳しい考証は省きますが、石井氏は船津氏とは逆に、内大臣・徳川慶喜が記されているA類の史料が原型だと結論付けています。

歴史家の飛鳥井雅道氏も、著書の『坂本龍馬』(平凡社、1975年。講談社学術文庫、2002年)で、石井氏の考証に賛同しています。実は、私も石井氏の説に賛成で、尾崎三良および坂本龍馬が作成した「新官制案」もしくは「新官制擬定書」の原型はA類だろうと考えています。つまり、大政奉還後の坂本龍馬は、関白の下の内大臣に徳川慶喜を擬すことに賛成だったと思うのです。

ここで、冒頭で述べた「世界の海援隊」のエピソードに関わる話に戻りましょう。実は船津功氏が分類した5種類の「新官制案」もしくは「新官制擬定書」のうち、「参議」の項目に龍馬の名前が記されているものと、記されていないものがあるのです。龍馬の名前が記されているものは、A-①、A-②、B-①の3種類。龍馬の名前が記されていないものが、B-②、B-③の2種類です。

仮に、龍馬の名前が記されている3種類のうちのどれかが「新官制案」もしくは「新官制擬定書」の原型だとすると、冒頭で紹介した「世界の海援隊」のエピソードは成立しにくくなります。新政府の人事案に龍馬の名前が記されていれば、西郷が疑問に思うこともなかったでしょう。私は「参議」の項目に龍馬の名前が記されているものが「新官制案」もしくは「新官制擬定書」の原型だと考えているので、「世界の海援隊」のエピソードには懐疑的なのです。

ここで、私が注目したいのが、「参議」の項目に龍馬の名前が記されていない2種類を編纂したのが、いずれも坂崎紫瀾だということです。B-②は、坂崎が著した「坂本龍馬海援隊始末3」という文章が、「尾崎三良手控」を引用したもの。B-③の『維新土佐勤王史』も、坂崎が主に執筆を担当しています。ここから私が推測するのは、元々は「新官制案」もしくは「新官制擬定書」に龍馬の名前は記されていたものの、「坂本龍馬海援隊始末3」なり『維新土佐勤王史』を執筆する際に、坂崎が龍馬の名前を削り落としたのではないかということです。あくまで推測なので、これ以上強く主張はしませんが。

ともあれ、私は「新官制案」もしくは「新官制擬定書」の原型に最も近いものは、「内大臣」の項目に徳川慶喜が書かれていて、「参議」の中に坂本龍馬の名前があるA-①、すなわち『尾崎三良自叙略伝』所収のものだと考えています。

私がそのように考えたのは、石井孝氏の議論の影響を受けたことも大きいのですが、新政府の中心に慶喜が来ることを、龍馬は拒んでいなかっただろうと思うからです。例えば、大政奉還後に松平春嶽の上洛を促すため福井に赴いた坂本龍馬は、徳川慶喜を「関白」に据える構想を、越前藩の人々に披露したらしいことが、『越前藩幕末維新公用日記』(福井県郷土誌懇談会、1974年)の433ページに記されています。『越前藩幕末維新公用日記』とは、幕末の越前藩の家老だった本多修理の日記を活字化した本です。

そんな事情もあって、私は「新官制案」もしくは「新官制擬定書」について、「内大臣」に慶喜の名前があるもの(=「参議」に龍馬の名前があるもの)を原型だと考えているのです。そうなると、「世界の海援隊」のエピソードも疑わしいものに思えてしまうわけです。つまり、創作されたエピソードであって、史実ではないだろうと思うのです。

さきほど、10月17日に尾崎三良は京都を離れて太宰府に行ったと述べましたが、実は同じ船に、薩摩に向かう西郷隆盛・大久保利通・小松帯刀が乗っていたのです。しかし、尾崎は「新官制案」を西郷たちに見せたとは一言も語っていません。このようなことから考えても、私は「世界の海援隊」のエピソードには疑問を抱いています。

最後に、私が原型だと考えている『尾崎三良自叙略伝』上巻(中央公論社、1976年)90~91ページから、「新官制案」にはどんな人物が関白・内大臣・議奏・参議に予定されている人物として記されているのか、以下に書き出してみたいと思います。錚々たるメンバーが揃っています。ただし、史料中では「岩倉具視」とか「西郷隆盛」とか書いてあるわけではなく、ただ単に「岩倉」とか「西郷」と書いてあります。

・関白…三条実美

・内大臣…徳川慶喜

・議奏…有栖川宮熾仁親王、仁和寺宮入道純仁親王、山階宮晃親王、島津茂久、毛利敬親、松平春嶽、山内容堂、鍋島閑叟、徳川慶勝、伊達宗城、正親町三条実愛、中山忠能、中御門経之など