デイジーダック再論‐『ドナルドのジレンマ』を題材に‐
私は以前、「デイジーダックについての考察‐ミッキーマウスとの関係‐」という記事で、ドナルドダックの恋人であるデイジーダック(写真右) について色々と論じてみました。前回の記事では、ミッキーマウスとの映画・パークでの共演についての話が中心になりましたが、今回は恋人であるドナルドとの関係について語ってみたいと思います。
ドナルドとデイジーの関係について、デイジーがドナルドを好きだという気持ちよりも、ドナルドがデイジーを好きだという気持ちの方が圧倒的に比重が大きいと思っている人もいるようですが、それは必ずしも正しくありません。それについて述べるための題材となるのは、1947年に公開された短編映画『ドナルドのジレンマ』。『ミッキーとミニーはなかよし』というDVDおよびビデオに、『ドナルドのジレンマ』は収録されています。
『ドナルドのジレンマ』は、デイジーの主演作であり、代表作。あらすじは以下の通りです。あらすじについて述べた部分は、緑の文字に変えておきます。
ある日、デートをしていたドナルドとデイジーですが、ドナルドの頭に突如、植木鉢が落ちてきました。植木鉢を頭に食らった衝撃で、ドナルドは記憶を失い、デイジーのことも忘れてしまいます。おまけに、ドナルドは生まれ変わったかのように美声の持ち主となり、芸能プロダクションに連れて行かれ、「星に願いを」を美声で歌うドナルドは、一躍スターになってしまいます。
デイジーにとって、記憶を失ってしまっただけでなくスターとなってしまったドナルドは、もはや手の届かぬ存在。会うことすら、簡単ではありません。ドナルドの愛を失ったデイジーは、寂しくて寂しくて仕方がありません。そのせいで、もはや発狂寸前。ドナルドに会えないまま一年ほどの時が過ぎてしまいます。けなげなデイジーの姿に、涙を誘われること請け合いです。そんなとき、道で偶然ドナルドに会ったデイジーは、「ドナルド、ダーリン!!とってもとっても会いたかったわ」とドナルドに訴えるも、記憶を失っているドナルドはデイジーを冷たい視線で睨むだけ。デイジーは泣き出して、ドナルドの足にしがみつき、足をバタバタさせながら、「愛が欲しい、愛に飢えている」と必死で訴えますが、ドナルドは無視。
デイジーの相談を受けた精神科医は、デイジーに問います。「あなたは、彼と彼の美声を全世界のものにしておきたいのか、あるいは、あなた一人のものにしておきたいのか?」と。その問いに対してデイジーは、「もちろん、あたし一人のもの!!決まってるじゃない!!」と、机の上の地球儀を叩き潰しながら主張します。そんなデイジーに精神科医は、もう一度ドナルドの頭に植木鉢を食らわせることを提案します。
精神科医の提案を受け入れたデイジーは、ドナルドが歌うステージのステージ裏に忍び込み、ドナルドの頭に植木鉢を食らわせます。するとドナルドは、以前の記憶を取り戻し、さらに悪声も取り戻し、一気に美声のスターではなくなってしまいます。そんなドナルドはデイジーを見つけるや、「どこ行ってたの~」と言いながらデイジーに抱きつき、熱いキス。そのときのデイジーの顔が、何とも嬉しそう。デイジーは、ドナルドの愛を取り戻すことに成功したのでした…。
『ドナルドのジレンマ』のあらすじは以上の通りですが、デイジーがどんなにドナルドのことが大好きなのか、わかっていただけたでしょうか?私の文章ではイマイチよくわからない方は、ぜひ一度、『ドナルドのジレンマ』を観てください。そうすれば、デイジーがいかに一途にドナルドのことを想っているか、わかっていただけると思います。
ミニーマウスは、ミッキーの目の前でモーティマーマウスとイチャイチャして、浮気と言われても仕方がないような様子になったことがあります(あれを笑って許せるミッキーがすごいです。詳しくは短編映画『ミッキーのライバル大騒動』参照)が、デイジーにはそのようなことはなく、ドナルド一筋なのです。
確かに、デイジーはドナルドに対して激しく、そしてヒステリックに怒っている場面も短編映画にはよく出てきます。それを観て、デイジーのことをワガママだと誤解する人もいるかもしれません。しかしそれは、デイジーがドナルドに、もっともっと素敵な人になってもらいたいと思っているからこそ。決して、デイジーがワガママだというわけではないのです。デイジー=ワガママと思っている人が時折いますが、それは本当に誤解です。デイジーが怒るのは、ドナルドのためを思ってのことなのです。
ここでは詳しく述べませんが、『ドナルドのジレンマ』と同じく1947年に公開された『ドナルドの夢遊病』(『ドナルドのギャグ・ファクトリー』(DVD・ビデオ)に収録)では、夢遊病になったドナルドを見たデイジーは、いとも簡単に「これは付き合わなくちゃね」と、夜中いきなりやってきた夢遊病のドナルドの相手をすることにします。勝手な推測ですが、ミッキーが夢遊病になって夜中いきなり現れたら、ミニーは怒ると思います。しかしデイジーは、夢遊病のドナルドがちゃんと安全に歩けるようにエスコートし、最後には口で汽笛の音を出してドナルドを誘導し、寝かせることに成功します。つまり、『ドナルドの夢遊病』では、ドナルドに対して献身的なデイジーの姿が見られるわけです。
要するに、デイジーはドナルドのことが大好きで、ドナルドのことを一途に愛していて、非常に献身的で、決してワガママな女性ではないことを、この記事では述べたかったわけです。もしもデイジーについて、私が否定したような誤解(デイジーはワガママだとか、ドナルドのことが本当は好きじゃないとか、そういう類の誤解)を抱いている方がいましたら、『ドナルドのジレンマ』なり『ドナルドの夢遊病』を、一度観ていただきたいと切に願います。きっと、デイジーのイメージが変わるはずです。
ちなみに、トミーの「マジカルコレクション」シリーズのデイジーは、ここで紹介した『ドナルドのジレンマ』をモチーフにした仕様になっていて、ドナルドの頭に落とした鉢植え付きです。
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コメント
お久しぶりです。久しぶりに「つばめ飛ぶ 餌を取りては 子のもとへ」を拝見させていただきました。デイジー関係の記事が出ていたので、早速読みました。私は元々、デイジーが好きだったのですが、この記事を読んでさらに好きになりました。
私も「ドナルドのジレンマ」と「ドナルドの夢遊病」をみたことがあります。デイジーは一途ですよね。(すごく。)私のまわりには、デイジーが好きな人は
少なく、みんなチップだの、デールだの、おしゃれキャットのマリーちゃんだの、そーゆーキャラが人気なんだそうです。わたしは、デイジーをすすめている(?)のですが、デイジーには目もくれません。なぜでしょうか?きっとみんなデイジーはわがままだとおもっているんでしょうね。パルティアホスカラーさんのように、「デイジーはワガママじゃない!」ということを、証明したいです!
p,s 今月中にディズニーランドへ行ってきます。デイジーを撮りにいきます!
投稿 黄世子 | 2005年12月27日 (火) 15時39分
>黄世子さん
コメント、どうもありがとうございます。
この記事で、デイジーをさらに好きになってもらえたなら何よりです。書いた甲斐があったというものです。
まぁ、好きなキャラクターは人それぞれですので何とも言えませんが、黄世子さんの周りの方はデイジーのことをあまり知らないから、デイジーに興味を持たないような様子ですね。
もしかしたら、無理やりにでもデイジーが活躍しているアニメを見せれば、デイジーの虜になるかもしれませんよ。
少なくとも、デイジーのことをワガママだと誤解している人がいたら、その誤解は解きたいですね。
私も、今月中にあと1回ディズニーランドに行く予定です。お互い、楽しめるといいですね。
投稿 パルティアホースカラー | 2005年12月27日 (火) 18時36分
はじめまして、突然申し訳ありません。
私は、土佐藩中老寺村左膳の子孫です(信じて頂けないかもしれませんが…)。
左膳道成についてブログで載せて下さっていたので、思わず書き込みをしてしまいました。
左膳は寺村の分家ですが本家に入り、ご存知のような任にあたりました。私は左膳から数えて6代の末にあたります。
左膳は維新後「日野」と姓を改めましたが(日野春草)、この時京都・土佐などに散らばる寺村の一族は全員「日野」姓に変わりました。それは、土佐寺村の初代が公家の日野氏の流れを汲んでいたためです。特に本願寺(本願寺顕如の祖先、親鸞は日野有範の息子だった…かな、そのため本願寺は日野なのです)と土佐寺村は、私の曾祖母の頃まで、互いに人をやって季節の挨拶をしていたそうです。また寺村の家紋は代々「鶴に丸」で、日野氏と同じ。なお、寺村左膳の次の当主の妻は、板垣退助の姉だったりします。
すみません、家系自慢などをしたいわけでは決してなく、左膳に焦点を当てて下さっていたのでつい書いてしまいました。失礼致します。
投稿 左膳の末 | 2005年12月28日 (水) 19時30分
>左膳の末さん
コメント、どうもありがとうございます。
寺村左膳の子孫だというお話、信じます。本当にそうだからこそ、わざわざコメントしてくださったのでしょうから。
寺村家が維新後、姓を「日野」に変えたという話は存じておりましたが、詳しい経緯や板垣家とも関係があることは存じていなかったため、とても参考になりましたし、勉強にもなりました。
教えていただいて、どうもありがとうございます。
寺村左膳は、一般的にはマイナーな人物だと思いますが、幕末の土佐藩について調べていると必ず出てきますし、維新後は従五位に叙せられたほどの人物でもありますから、もっとクローズアップされることがあってもいいと、私は思っています。
投稿 パルティアホースカラー | 2005年12月29日 (木) 00時25分