歴史に「IF」の視点を持ち込んだら駄目なのか?
歴史について考える、もしくは歴史を語る上で、そこに「IF」の視点あるいは「もしも」という仮定を持ち込むことは、いけないことなのでしょうか?一般的には、それは禁物だと言われています。
でも私は、歴史を考える上で「IF」の視点を考慮することは、必ずしも悪いことではないと考えています。私の考え方について、異論のある方も少なくないかもしれません。何故なら、一般的には禁物だと言われていることに、私は異議を唱えているわけですから。しかし、「IF」の視点を持ち込むことで有意義な考察ができる場合もあるのではないかと、私は思うのです。
そんな私が共感している田中彰氏 (北海道大学名誉教授)と井上勲氏(学習院大学教授)の考えを、ここでは紹介してみたいと思います。なお、田中氏の著書や論稿からの引用は青文字、井上氏の論稿からの引用は赤文字で行います。
田中彰氏は、『幕末学のみかた。』(アエラムック36、朝日新聞社、1998年)に載せた、「未発の可能性に満ちた時代」という短い文章の中で、「歴史学が「もし」をタブーとしていることは周知のことだ。それは学問としての歴史学には必要な禁欲である」と言いつつも、続けて次のように述べています。
変革期が可能性の時代であるならば、現実に展開した歴史のみが、可能性のなかの唯一のものだったとは必ずしもいえない。ほんのわずかな与件のちがいや状況の差によって、別の選択肢が現実の歴史過程となることはありうることである。とすれば、残された史料のなかから、現実には展開しなかったものの、展開する可能性のあった選択肢を見いだし、その選択肢をめぐって歴史的考察を加えることがあってもよい。それを私は”未発の可能性”とよぶ。
”未発の可能性”としての歴史は、フィクションとして描かれる歴史小説とは異なる。”未発の可能性”としての歴史は、「もし」という歴史学のタブーを侵すものではない、と私は思う。(『幕末学のみかた。』7頁)
また、田中氏は『松陰と女囚と明治維新』(NHKブックス、1991年)という著書の中で、次のようにも述べています。
ときには既定の歴史的事実に極力沿いながら、「もし」という前提で未発の可能性を問うことは、ひとつの試みとしてあってもよいだろう。それは残された史料の偶然性にもかかわらず、その史料によってすべてをみようとする史料至上主義の動脈硬化症的な発想への対処療法にはなりうるからである。既定の歴史的事実とはいっても、そこには未発の可能性は十分はらんでいたはずである。(『松陰と女囚と明治維新』61頁)
つまり田中氏は、妄想と言ってもいいぐらいの荒唐無稽な仮定はともかくとして、ちょっと状況が変わっていれば実際にあってもおかしくなかったこと(田中氏が言うところの「未発の可能性」)について考えることは、決して無駄ではないと言っているわけです。
次に、井上勲氏が「坂本龍馬の可能性」(『歴史と人物』1978年4月号<80号>に収録)という論稿で、坂本龍馬が夭折、つまり若くして死んだことに触れた後で述べている言葉を、以下に引用してみます。
夭折した個人は、しばしば歴史的想像力を刺激する。まず、夭折の事実を操作的に捨象し、没後の生涯を仮構してそこに一定の想像を付加しうる。さらに、その作業を通じて、現実の歴史とは別の、ありえたかもしれないいわば歴史の可能性を構想しうるからである。もし何某が生きていれば、あるいは、あと何年の余命が与えられていれば、その後の歴史は如何に変わっただろうかとの設問が含む内容がそれである。もとより、あくまで仮定の問題であり、不確かな回答しかえられない。歴史学にそうした仮定は禁忌というが、決してそうではない。歴史の可能性を構想することは、現実の歴史を鳥瞰する視点を与えてくれる、少なくとも歴史的必然性なるものの解毒剤にはなる。(『歴史と人物』1978年4月号、46~47頁)
井上氏も、田中氏と同じように、ありえたかもしれない歴史の可能性に注目し、それについて考えることは決して禁忌(タブー)ではないと断言しています。この井上氏の見解は龍馬について書かれた文章のものなので、龍馬を例にすると、「もし龍馬が暗殺されていなかったら」という「IF」を考えることが、実際には暗殺されてしまった龍馬という人物の人物像を考える上で役立つわけです。
私も、田中彰氏や井上勲氏と同様に、「実際にはそうはならなかったけれども、もしかしたら実際にそうなっていたかもしれない可能性がある」ようなことについて考えることに、意義を感じています。
来栖ムツキさんのブログの過去の記事で、来栖ムツキさんは「もしも松平容保が京都守護職でなかったら、新選組の存続はなかったのかもしれない」という「IF」について考えていますが、このような仮定は非常に有意義だと思います。新選組を統括していた京都守護職は、一時的に松平容保から松平春嶽(松平慶永)に変わったことがありますが、そのとき新選組は春嶽の下で働くのは嫌だと主張したのです。それは何故なのか、色々と考えをめぐらすうちに、「もしも新選組が春嶽の下で働くことになったら(もしも容保が京都守護職でなかったら)、新選組はどうなるだろうか」というような「IF」に考えが及ぶこともあるでしょう。そのような「IF」を考えることによって、来栖ムツキさんは「新選組の存続はなかったのかもしれない」という自分なりの結論を出せたのだと思います(来栖ムツキさん本人に確認したわけではないので、多分、としか言えませんが)。つまり、井上勲氏が言っていたような、「歴史の可能性を構想することは、現実の歴史を鳥瞰する視点を与えてくれる」ということが効果を発揮したのだと思うのです。
結論。私は、歴史に「IF」の視点を持ち込むことが、現実の歴史についての考察を深めてくれる場合もある、その意味で「もしも」ということを考えることは悪くないと思います。
良かったら、下記をクリックしてください。
人気blogランキングへ
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/128116/7419493
この記事へのトラックバック一覧です: 歴史に「IF」の視点を持ち込んだら駄目なのか?:



コメント
来栖です。当ブログをお読み頂いて恐縮です。自分でもすっかり忘れていましたが、そういえば、そんなことを書いていました。
幕末や戦国時代など乱世では「IF」の視点は大変面白いと思います。「ちょっと状況が変わっていれば実際にあってもおかしくなかったこと」が史実とは別の歴史を作ってしまう可能性が高い時代だと思うからです。
言い換えれば、必然によって突き動かされた時代と言うより、ちょっとした偶然が思わぬ作用を及ぼして駒が進んでしまった時代とでも言うのでしょうか。幕末期で言えば家茂の死などが良い例かもしれません。
一つの事象が思わぬ作用を及ぼしていると思えるような例が、ともかく数えあげればキリがないほどあるのが幕末ですよね。
また逆に、「IF」の視点で考えても史実とさほど違った結果にならないと思われるものは、それこそが「必然」であると確認できるわけです。そういう意味では、何が「偶然」で何が「必然」なのか考え直すためにも、「IF」や「もしも」といった想像は必要かもしれませんね。
個人的には、幕府制度が廃止されたのは「必然」だと思いますが、戊辰戦争は「必然」とまではいかないような気がします。
投稿 来栖ムツキ | 2005年12月 2日 (金) 22時02分
>来栖ムツキさん
こちらこそ、いつもコメントをお寄せいただいてありがとうございます。
来栖ムツキさんのブログは考察が深いので、いつも楽しく読ませていただいています。
やっぱり、変革期に「IF」を考えることは面白いですよね。幕末や戦国時代は「必然によって突き動かされた時代と言うより、ちょっとした偶然が思わぬ作用を及ぼして駒が進んでしまった時代」とのご意見にも納得です。
「偶然」と「必然」についての見解にも賛成です。私も、幕府制度廃止は「必然」だったけれども、戊辰戦争は必ずしも「必然」ではなかったと思います。でも、そのような「必然」ではなかったことが何故起きたのか色々と考えると、面白いですよね。
投稿 パルティアホースカラー | 2005年12月 2日 (金) 22時43分