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2005年11月15日 (火)

松岡英夫『大久保一翁』

この記事では、松岡英夫『大久保一翁‐最後の幕臣‐』(中公新書、1979年)という本を紹介します。私が印象的だと感じた記述を引用することによって、紹介していこうと思います。

著者の松岡英夫氏の本職は政治評論家のようですが、ここで紹介する『大久保一翁』のほかにも、『岩瀬忠震』(中公新書、1981年)・『鳥居耀蔵』(中公新書、1991年)・『安政の大獄』(中公新書、2001年)といった、幕末期の幕府側の人物たちを研究した著作があり、幕臣研究者としても評価の高い人物です。惜しくも、井伊直弼と長野主膳の評伝である『安政の大獄』が松岡氏の遺作となってしまいました。

ともあれ、『大久保一翁』という本は、太平洋戦争敗戦のときの政治家の行動・態度と、戊辰戦争の江戸開城の際の徳川家臣団の行動・態度が似ていることの指摘から始まります。松岡氏は、序章で以下のように述べます(青文字部分が引用部分。以下同様)。

私どもは太平洋戦争敗戦のときに、政治家たちの敗戦へのさまざまな対応の仕方を見た。責任感あるいは将来への絶望から自殺する者がある。田野に隠れる者がある。徹底抗戦をさけぶ者がある。国体護持とかのモラル論は強い影響力をもったが、所詮、判断力を失った人びとの感情論にすぎなかった。そうしたなかで、たれかが冷静な判断力をもって敗戦処理に当たらねばならない。平和のうちにマッカサー軍の上陸を迎え入れて、敗戦の始末をしなければならない。この敗戦処理の政治家のなかには、単に長いものに巻かれろ式の無思想の恭順派もおれば、連合軍の圧力をテコに日本の変革を考える思想派もいた。(2頁)

そして、江戸開城については次のように述べます。

昭和二十年から数えてほぼ八十年前に、東京つまり江戸は征服者の進駐を経験している。錦旗を先頭に立てた薩長主体の征服者の入城―この江戸幕府崩壊の日にあたって、徳川の家臣団はどのように対応したか。その対応のパターンは、太平洋戦争敗戦のときのそれとあまりにも類似しているのにおどろく。明治元年(慶応四年)と昭和二十年との長い時を隔てながら、人びとの行動の型は、まるで二重写しのように同じである。(3頁)

このように述べた上で、恭順に反対する立場を採っていた信州須坂藩主・堀内蔵頭直虎の江戸城内での自殺、江戸開城の情報を聞いた川路聖謨の自殺、徹底抗戦の立場を採った榎本武揚や彰義隊、民間に隠れる選択をした小栗上野介忠順など、徳川家臣団の様々な態度を例示します。そして、さらに松岡氏は、「国際情勢論から薩長相手の内戦をやるべきでないこと、本質的には一大名にすぎない徳川家が日本の国政を私有すべきではないこと、新しい日本国家の構想はいかにあるべきかの展望をもち、徳川家およびその家臣団のそれへの参加を考える」を思想を持ちながら抗戦論者に対抗し、「降服という屈辱を甘受しながら敗戦処理を進め」た「敗戦処理の政治家」として、勝海舟と大久保一翁忠寛の二人を挙げるのです(6頁)。

『大久保一翁』という本は、勝海舟と同じく「敗戦処理の政治家」でありながら、海舟の陰に隠れがちで残されている史料も海舟に比べて圧倒的に少ない大久保一翁とは、一体どんな人物だったのかを研究した本なのです。

松岡氏は大久保一翁について、次のような見解を示します。

大久保一翁の一生を通観すると、それは、敗北の連続であったように思われる。敗北は不遇とは違う。敗北にはもっと積極的な意味がある。言葉と言動をもって戦いを挑み、そのたびごとに敗れたということであり、その敗北の総締めくくりが徳川幕府の解体であり、江戸城の明け渡しであった。敗北の政治家大久保一翁にとって最もふさわしい終章であったといえよう。(234頁)

また、さらに次のようにも述べています。

一翁の敗北の連続は、無能であるがためではなく、全く逆に、有能であり、方正であり、清潔であるがために、たびたび起用され、またそのために衝突し、敗北していったものである。文久二年の側御用取次の時代―江戸開城から五年余もまえのころに、大政奉還と、徳川家が駿河の故地へ一大名として退くことを主張した一翁は、危機に対する最も鋭敏な先覚者であり、たれよりも時代を先どりした政治家であったといえる。だから坂本龍馬が早くから一翁・海舟を起用して幕政を一任せよとさけんだのであり、第二次長州戦争のころに大久保利通と小松帯刀が、一翁・海舟の起用か否かが天下の治乱にかかわるといったのである。(236頁)

これらの言葉に、松岡氏の大久保一翁への高い評価が窺えます。そして最後に、幕府側の人物たちを研究することの意義を語った松岡氏の言葉を引用します。この言葉は、現在でも有効だと思います。

体制を倒す側の人びとの行動は波瀾に満ちていて、たしかに興味をひく。これに反して、体制側に属する人物は、どれもこれも同じような、一つの枠内の官僚政治家という印象で、あまり研究欲をそそらない。しかし勝組だけが歴史をつくったのではない。負組の人びとも、重要な一時期に日本の外交を担当して、いい意味にも、悪い意味にも、これを続く明治の時代に残したのである。歴史の担当者あるいは構成者としては、勝組も負組も平等に取り上げられねばならない。(16頁)

松岡英夫『大久保一翁』は、残念ながら絶版です。

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