平尾道雄氏と『新撰組史録』について
新選組や坂本龍馬に関する書籍を愛読している方ならば、平尾道雄氏の名前をどこかで目にしたことがあるのではないでしょうか。平尾氏は特に、土佐藩関係の研究で高い評価を受けている歴史家で、1979年に亡くなっています。生前は、高知大学・高知女子大学の講師やワシントン大学の客員講師を務めています。平尾氏の歴史家としての基礎は、1920年から1952年にまで及ぶ、山内家家史編修所勤務時代に築かれたものです。歴史家の故・山本大氏の言葉を借りれば、平尾氏は「如何なる賛辞を呈しても言葉が足りない地方史家、というより日本を代表する史家の一人」です(山本大「平尾道雄先生の偉業と『山内家史料』の出版」『日本歴史』391号、1980年、40頁)。その平尾氏は高知を足場にして研究を続けていただけに、高知に関係する著書が多いです。このあと詳しく述べる『新撰組史録』を除いて、主要と思われる著書を以下に列記してみます(出版社・刊行年は省略)。
『維新暗殺秘録』・『子爵谷干城伝』・『天誅組烈士 吉村虎太郎』・『武市瑞山と土佐勤王党』・『容堂公記伝』・『奇兵隊史録』・『立志社と民権運動』・『土佐藩漁業経済史』・『土佐藩林業経済史』・『土佐藩工業経済史』・『土佐藩農業経済史』・『吉田東洋』・『山内容堂』・『近世社会史考』・『土佐藩』・『長宗我部元親』・『龍馬のすべて』・『坂本龍馬 海援隊始末記』・『野中兼山と其の時代』・『無形板垣退助』・『中岡慎太郎 陸援隊始末記』・『戊辰戦争』…などなど。
上に列挙したものは、平尾氏の著書のほんの一部にしか過ぎません。また、論文にも高知関係のものが多く、例えば、「土佐藩の軍制改革」(『軍事史学』7‐3、1971年)・「土佐藩の浪人制度」(『日本歴史』293号、1972年)などがあります。
このように、高知ないしは土佐に関する研究が圧倒的に多い平尾氏ですが、最初に出版した著書は土佐に関するものではなく、新選組に関するものでした。それが、1928年に自費出版した、『新撰組史』です。この本が出版されたとき、平尾氏はまだ数え年で29歳でした。今とは時代が違うことは百も承知で述べると、今は30歳を過ぎても大学院に学生として居座っている研究者も多いのに、大したものだと思ってしまいます。平尾道雄『新撰組史』は、歴史家の宮地正人氏をして、「当時としては非常によく史料を蒐集し、実証的に歴史叙述をおこなっている。新選組の研究書としては、今日に至るまで、歴史学的には最高のものではないだろうか」(宮地正人『歴史のなかの新選組』岩波書店、2004年、170頁)と言わしめるほどの内容を備えている書物だったのです。
『新撰組史』は、1942年に『新撰組史録』と改題され、改訂された上で育英書院から刊行されます。『新撰組史録』は、さらに1967年には、再度改訂された上で白竜社から刊行されます。またさらに、1977年には、『定本新撰組史録』として、新人物往来社から刊行され、しばらく絶版状態が続いた後、2003年に同じく新人物往来社から新装版が刊行されました。平尾氏の新選組研究は、昭和初期から21世紀の今日に至るまで、長く読み継がれ、2004年刊行の宮地正人氏の著書の中で「歴史学的には最高のもの」と言われるほどの地位を占めてきたのです。
2003年には岩波新書の一冊として、歴史家の松浦玲氏の『新選組』が刊行され、2004年には先に引用した宮地正人氏の『歴史のなかの新選組』が同じく岩波書店から刊行され、新選組はようやく歴史家の研究対象として認識されるようになってきました。松浦氏の著書が出るまでは、本格的に新選組の研究に取り組んだ歴史家は、平尾道雄氏ただ一人と言っても過言ではない状態が続いていたわけです。2004年5月に刊行された『史学雑誌』第113巻5号の、「回顧と展望」特集の幕末維新期の項の執筆者・鵜飼政志氏は、松浦玲『新選組』について、「研究者による新撰組研究としては、ほとんど平尾道雄氏以来のものといえ」ると述べています。ちなみに、『史学雑誌』とは歴史学の最も権威ある学術雑誌で、「回顧と展望」とは、『史学雑誌』が毎年一回行う特集で、日本史・東洋史・西洋史の各時代・各分野についての前年の研究成果の紹介・論評を行うものです。
つまり、平尾道雄氏の『新撰組史』ないしは『新撰組史録』は、新選組研究においては非常に価値のある書物であると言って差し支えないでしょう。新選組に興味のある方で平尾氏の新選組研究を読んだことがない方は、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか?
ちなみに、平尾道雄氏について、もっと詳しく知りたい方には、平尾氏の自伝である『歴史の森』(高知市民図書館、1976年)のほか、以下の文献をオススメします。
松浦玲「解説」平尾道雄『坂本龍馬 海援隊始末記』中公文庫、1976年
平尾道雄『平尾道雄選集』全4巻、高知新聞社、1979‐1980年
高知県知事室公編『平尾道雄 その人と偉業』高知県、1980年
高知市民図書館編『平尾道雄追悼記念論文集』高知市民図書館、1980年
山本大「平尾道雄先生の偉業と『山内家史料』の出版」『日本歴史』391号、1980年
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コメント
実は『新撰組史録』は未読なのです。研究として最も価値があるのは、改訂前の自費出版物だそうですが、当方が読むことが出来るのは新人物往来社版になってしまいます。でも、読んだ方がよさそうですね。
鵜飼政志の言う「研究者」とは所謂アカデミズムに属する学者ということになるのでしょうが、パルティアホースカラーさんが言うように「ようやく歴史家の研究対象として認識されるようになっ」た新選組ですが、『日本史研究』かどこかで、家近良樹は学者による今後の新選組研究を悲観していましたね。
(当方は家近のように悲観してはいませんが。)
投稿 来栖ムツキ | 2005年9月23日 (金) 02時13分
>来栖ムツキさん
コメント、ありがとうございます。私も自費出版の『新撰組史』については入手できていない状況でして、読んだのは新人物往来社版です。でも、新人物往来社版も、訂正を要すべき記述が多いのかもしれませんが、なかなか堅実な内容で面白いですよ。
家近良樹さんの見解というのは、『日本史研究』に載った宮地正人さんの本についての書評でしょうか?そちらについては、私は未読なのですが、そうですか、悲観していましたか。確かに、新選組研究を重要だと認識し始めた学者と、今までどおり冷めた視点で新選組を見ている学者がいると思います。個人的には、アカデミズムに属する方々にも、新選組研究に取り組んでもらいたいと思っています。
投稿 パルティアホースカラー | 2005年9月23日 (金) 15時05分
>家近良樹さんの見解というのは、『日本史研究』に載った
>宮地正人さんの本についての書評でしょうか?
それです。
新選組に対しての一般見解自体に地域によって差異があるでしょうから、学者を取り巻く環境や周囲の人々の新選組研究に対する理解度・支援度というものは、宮地正人のように関東在住の学者と家近良樹のように関西在住の学者では違うのではないかと推測しています。
民間の研究家も含めて、こと新選組研究に関しては圧倒的に東日本在住のほうがやり易いでしょうね。逆に、関西では新選組研究は周囲の理解を得るのが難しいのかもしれません。その辺が、家近のコメントに繋がっているのかな?とも、思いました。
投稿 来栖ムツキ | 2005年9月23日 (金) 20時31分
>来栖ムツキさん
コメント、ありがとうございます。
なるほど、確かに地域によって、やり易さは変わってくるかもしれませんね。
私の印象では、数だけから言えば関東よりも関西の方が幕末史を研究している学者は多いような気がしますが、そういう方々は新選組研究に着手しにくい雰囲気があるということですか。
京都に住んでいるにも関わらず新選組を研究した松浦玲さんのような方は、むしろ貴重ということになるわけですね。
でも、地域によって異なる新選組への理解度やそういった環境なども踏まえれば、面白い研究が出てきそうな気もしますので、期待してみたいです。
投稿 パルティアホースカラー | 2005年9月23日 (金) 21時49分