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2005年8月 6日 (土)

松浦玲『新選組』と宮地正人『歴史のなかの新選組』

歴史家の松浦玲氏は、新書の執筆や『歴史読本』を始めとする一般向け雑誌への執筆などが多く、歴史研究者以外にも比較的よく知られていると思われる。松浦氏は勝海舟や横井小楠の研究がメインの思想史家。主要著書には、『明治の海舟とアジア』(岩波書店、1987年)、『横井小楠 増補版』(朝日選書、2000年)などがある。また、論文には、「近世前期の思想と文化」(歴史学研究会・日本史研究会編『講座日本史4』東京大学出版会、1970年)などがある。

その松浦氏は、2003年には、岩波新書から『新選組』を出版。平尾道雄『新撰組史録』以来の歴史家による新選組研究として注目された。松浦氏の研究が出るまでは、歴史学の世界では新選組はまともに研究されてこなかったのである。歴史学の代表的な学術雑誌である『歴史学研究』や『日本史研究』や『史学雑誌』に、新選組をメインに扱った論文は掲載されたことがない。その意味で、松浦氏の研究は重要である。

その後、同じく歴史家の宮地正人氏は、『歴史のなかの新選組』(岩波書店、2004年)を出した。著者曰く、「新選組は明治維新にいかにかかわったかを課題とした、歴史学の立場からする新選組史論」。宮地氏は、幕末維新期を中心に、日本近代史を研究している。主要著書は、『日露戦後政治史の研究』(東京大学出版会、1973年)、『幕末維新期の社会的政治史研究』(岩波書店、1999年)などがあり、論文には、「幕末の情報収集と風説書」(保谷徹編『幕末維新論集10 幕末維新と情報』吉川弘文館、2001年)などがある。こちらの宮地氏は松浦氏と違って、一般向け書籍や一般向け雑誌への執筆はそれほど多くないので、一般には松浦氏よりも知られていないかもしれないが、日本近代史研究を志す研究者で、宮地氏の研究を読まぬ者はいないと断言してもいいほど、日本近代史においては重要な研究者なのです。

ともあれ、松浦氏と宮地氏の新選組本は、『史学雑誌』の「回顧と展望」でも取り上げられた。ちなみに「回顧と展望」とは、『史学雑誌』が年に一回、歴史学の各分野・各時代ごとの前年の研究成果を紹介・論評し、今後の研究への展望を述べる特集。特に大学院生などの若い歴史研究者は、自分の論文が「回顧と展望」で取り上げられるか否かで一喜一憂するほど、権威ある特集なのです。

ともあれ、新選組の実像を知りたい方は、松浦氏と宮地氏の書物を読んでみるといいと思う。どちらもオススメです。ちなみに、歴史家の大石学氏も、『新選組』(中公新書、2004年)という本を出しています。ただし、大石氏は松浦氏・宮地氏とは違い、専門分野は幕末維新史ではありません。

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» 「新選組」 [Go Plain!]
新選組 松浦玲著書。歴史家が書いた新選組に関する本。この松浦氏は特に勝海舟研究に明るい人のようです。 小説ばかり読んでいると、不思議と「史実」を知りたくなってくるんですよね。 真実は小説より奇なり。ノンフィクションの面での新選組もきちんと知りたくて読んで....... [続きを読む]

受信: 2005年8月19日 (金) 01時21分

» 新選組 岩波新書 [*Cafe Japanesque*]
新選組松浦 玲岩波書店 2003-09-20売り上げランキング : 64,287おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools新選組の研究本の中で、最も評判の高いものの一つです。最近は宮地正人氏、大石学氏など歴史学の観点から検証した新選組本もいくつか出版されてるようですが、2003年に発売されたこの... [続きを読む]

受信: 2005年8月20日 (土) 19時11分

コメント

こんにちは、はじめまして!
拙ブログにTBありがとうございました。

松浦氏の本、私も大好きです。
勇さんの書簡から新選組の歴史を分かり易く書いてくれてるので、
新選組ビギナーの私でも、知らなかった史実などがよく分かりました!
宮地氏の本も定評がありますよね~。
どちらも新選組バイブルには相応しい本だと思います♪

投稿 Aki_1031 | 2005年8月19日 (金) 01時11分

コメントいただいて、ありがとうございました。松浦氏や宮地氏はさすがに幕末史を専門とする歴史家だけあって、本の内容がしっかりしていると思います。私は松浦氏の本が出るまでは新選組の本を読むのを避けていたのですが、これで新選組に興味が湧きました。

投稿 パルティアホースカラー | 2005年8月19日 (金) 01時22分

はじめまして、TBどうもありがとうございました(^^)
私もこの本を読んで、やはり本職の歴史家の考察は説得力が全然違うなと感心させられました。宮地氏の本もぜひ読みたいのですが、少々お高いのでなかなか購入にいたらないままです…(苦笑)

投稿 gungnir25 | 2005年8月20日 (土) 19時00分

gungnir25さん、はじめまして。
コメント、ありがとうございます。
宮地氏の本は確かに少し高いですが、機会があったら是非読んでみてください。
こちらも本職の歴史家による本だけあって、示唆に富む記述が多いですよ♪

投稿 パルティアホースカラー | 2005年8月20日 (土) 22時26分

初めてお便り申し上げます。幕末史で検索していたところ、あなたのサイトを見つけました。素晴らしい含蓄に脱帽しました。
坂本龍馬を斬ったのは誰か?学会主流の定説と素人の人々の別説と・・・。貴重な御指摘の深遠さに心より感心しております。
実は私は在野の幕末史研究家なのでございます。
私は学会主流の定説と異なり、
<開国を果たし日本近代化の礎を築いたのは徳川政権>
 との立場から、長年の研究成果を、
「勝ち組が消した開国の真実・・新撰組の誠と会津武士道の光跡」
 という本にして出版し、これを機にHPを立ち上げました。
是非、幕末史に造詣の深い管理人様にお目通し頂きたく存じます。御指摘など頂ければ幸いでございます。 
 

________________________________________

投稿 鈴木 | 2005年9月28日 (水) 21時30分

>鈴木さん

コメントをいただいて、どうもありがとうございます。また、当サイトをお褒め頂いて、とても光栄に感じております。
鈴木さんがおっしゃるように、幕府が開国という決断をしなければ、その後の歴史が大きく変わっていたと思います。例えば現在、小笠原諸島が日本の領土になっているのは、幕末に幕府が小笠原を日本領にしようと頑張ったからだと思います。教科書などで、不平等条約などの面ばかりが強調されるのは、必ずしも正当な幕府の評価だとは思いません。是非、研究を頑張ってください。
申し訳ないことに、鈴木さんの御本はまだ読んだことがないのですが、目次を見させていただいたかぎりで判断すると、論点が多岐に渉っていて面白そうですね。在野で研究することには何かと不都合な場合もあるかもしれませんが、逆に、学会の中にいる研究者が何となく学会の風潮や固定観念に流されてしまうというような事態を避けて、自由な立場で研究できる利点があるかと思います。頑張ってください。
ただ、目次と要約の部分を読ませていただいた上で、一点だけ私が思ったことなのですが、西周の考えと徳川慶喜の考えを同一視することには慎重になった方がいいかと思います。慶喜は大政奉還前後の時期、どちらかというと自分一人で色々と考えて行動していた傾向が強いような気がするからです。

投稿 パルティアホースカラー | 2005年9月28日 (水) 23時49分

パルティアホースカラーさん、鈴木さん、こんにちは。
鈴木さんは、鈴木荘一さんですか?
去年、御本を拝読させていただきました。
あれだけのことを、よく1冊にお纏めになられたなと非常に感心したのを覚えています。
当方は、パルティアホースカラーさんのこちらのブログのように幕末維新史全般ではなく、新選組に的を絞ったサイトの運営をしておりますが、そちらでも鈴木さんも著書名を紹介させていただいている次第です。
私も日本の近代は幕府の開国の決断より始まっていると認識しています。同時に、良く言えば「禅譲」、悪く言えば「自滅」という形で日本の近代化に寄与したと考えています。

>西周の考えと徳川慶喜の考えを同一視することには慎重になった方がいい

この辺は家近良樹の著書でも原口 清の論文を引き合いに出して西構想と慶喜を関連付けることの危険性が指摘されていましたね。
私個人は、大政奉還の時点では既に慶喜は幕権回復を半ば諦めていたと想像しています。かなり前から家臣の平岡円四郎や黒川嘉兵衛や川村恵十郎などを使って、公議政体論グループと接触し、元治元年三月には上記家臣らが薩摩藩士や越前藩士らと「政体一新」について討議しています。これら家臣の行動は慶喜の意向を反映したものと推測できますし、断定はできませんが慶喜が元治元年の時点で新政体への移行を考えていた可能性はあると思うのです。
なので、大政奉還に踏み切った時点では、幕府という政体にこだわりも無かったでしょうし、徳川中心主義に再び時代を揺り戻す事は不可能であると悟っていたと思っています。


投稿 来栖ムツキ | 2005年10月 2日 (日) 23時02分

> 来栖ムツキさん

コメント、どうもありがとうございます。
来栖ムツキさんのサイトは新選組に的を絞ったサイトの中でも、示唆に富む考察をしているのみならず、新選組関連の文献をたくさん紹介していて、とても優れた内容を備えていると思っています。
慶喜の行動については、議論が尽きないですよね。私は、大政奉還時の慶喜は、幕権回復は諦めつつも、自分自身の権力なり地位なりはある程度温存したかったのではないかと考えているのですが、それは私の推測にとどまるもので、強く主張できる自信はありません。でも、「幕府という政体にこだわりも無かったでしょうし、徳川中心主義に再び時代を揺り戻す事は不可能であると悟っていた」のは確かでしょうね。それが可能ならば、大政奉還する必要性もないわけですし。
貴重なご意見、ありがとうございます。

投稿 パルティアホースカラー | 2005年10月 3日 (月) 20時25分

来栖ムツキさま
 拙書のお買い上げ誠に有難うございます。来栖さまのような幕末史に詳しい方にお読み頂いて著者冥利に尽きます。来栖さまのサイトを拝見したいと思います。HPアドレスを御表示頂ければ幸いです。今後とも宜しくお願い申し上げます。

来栖ムツキさま・パルティアホースカラーさま
 早速のレス有難うございます。このサイトは皆様の学識がとくに高いので私も緊張しております。
 さて・・・。
 私は幕末維新史の要諦は、
 「大政奉還とは、一体、何だったのか」
 「徳川慶喜の権力欲と政権への色気(意欲)はどの程度だったのか」
であろう、と思います。
 この二点について、諸説が入り乱れ、通説はあるが定説はない、
 と思うのですが・・・。
 御見解はいかがでしょうか?


 

投稿 鈴木 | 2005年10月 7日 (金) 21時48分

>鈴木さん
コメント、ありがとうございます。
「大政奉還とは、一体、何だったのか」と、「徳川慶喜の権力欲と政権への色気(意欲)はどの程度だったのか」という問題を、「幕末維新史の要諦」とまで断言できる自信は私にはないのですが、重要な問題なのは確かだと思います。「諸説が入り乱れ、通説はあるが定説はない」というのも、おっしゃる通りだと思います。
難しい問題なので、今すぐ的確な意見を述べられないのですが、パッと思いついたことだけ述べます。
私は、幕権回復を諦めた慶喜が、薩長その他との争いを避けつつ、自分自身の権力をある程度保持しておくためには、大政奉還を決断するしかなかったと思います。大政奉還後に、慶喜の評価は上がりますが、慶喜はそれも予想していたと思います。また、慶喜は将軍職の辞表を提出しますが、却下の期待を込めていたと思います。もちろん、その辞表提出という行動も、自身の評価を上げることに役に立つと考えていたと思います。
ちなみに、来栖ムツキさんのサイトのURLは以下の通りです。
http://skenshou.hp.infoseek.co.jp/

投稿 パルティアホースカラー | 2005年10月 8日 (土) 17時43分

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